柔道整復師の施術費用
頚椎捻挫や腰椎捻挫などのむちうち傷害の場合,整形外科に通院する以外に,接骨院や整骨院で施術を受けているケースがしばしばみられます。
症状固定までに行われた医師の治療については,過剰診療などの特段の事情がない限り,必要かつ相当な治療行為として,事故と相当因果関係にある損害として認められています。
一方,接骨院や整骨院などの柔道整復師の施術費用については,例えば東京地判平成14年2月22日判例時報1791号81頁を見ると,かなり厳格な要件に基づいて主張・立証することが求められています。
東京地裁平成14年判決は,医師の具体的指示があり,施術対象となった負傷部位について医師による症状管理がなされているなど治療の一環として行われた場合には,医師の治療と同様に損害として認められるとしつつ,医師の指示がない場合には,以下の要件について個別具体的に積極的な主張・立証を行わなければならないと判示しています。
- そのような施術を行うことが必要な身体状態であったのかどうか(施術の必要性)
- 施術の内容が合理的であるといえるかどうか(施術内容の合理性)
- 医師による治療ではなく施術を選択することが相当かどうか(施術の相当性)
- 施術の具体的な効果が見られたかどうか(施術の有効性)
片岡武裁判官の講演録「東洋医学による施術費」(日弁連交通事故相談センター「損害賠償算定基準」(通称「赤い本」)2003年度版下巻)や吉岡透裁判官の講演録「整骨院における施術費について」(赤い本2018年度版下巻)が,施術費用が認められる要件を整理しており,実務上参考にされています。
そして,吉岡透裁判官は,片岡裁判官が挙げた以下の5つの考慮要素を踏まえた上で,医師の指示の有無が考慮要素に与える影響についてより詳しく述べています。
①施術の必要性
施術が許される受傷状況であり,従来の医療手段では治療目的を果たすことが期待できず,医療に代えて施術を行うことが適当である場合や,西洋医学と一緒に行うことで治療効果が期待できる場合など,施術を行うことが必要な身体状態にあったことを意味します。
②施術の有効性
施術を行った結果,具体的な症状緩和の効果が見られることを意味します。
③施術内容の合理性
施術が受傷内容と症状に照らして,過剰・濃厚に行われておらず,施術内容が合理的であることを意味します。
④施術期間の相当性
受傷の内容,治療経過,疼痛の内容,施術の内容及びその効果の程度等から,施術を継続する期間が相当であることを意味します。
⑤施術費の相当性
報酬金額が社会一般の水準と比較して妥当であり,施術費が相当であることを意味します。
医師の指示が考慮要素に与える影響
吉岡裁判官は,医師の指示がある場合には,資格を有する医師が患者の治療方法の一つとして柔道整復師による施術を積極的に選択したことを意味し,特段の事情がない限り,①施術の必要性や②施術の有効性があることを強くうかがわせる事情になると述べ,(片岡裁判官の講演で触れられた)「原則として,施術を受けるにつき医師の指示を受けることが必要」という要件は,この点を強調する趣旨のものとして理解されると述べています。
そして,医師の指示があったとしても,③施術内容の合理性④施術期間の相当性⑤施術費の相当性の考慮要素については別途検討する必要があり,医師が整骨院での施術を指示していれば,当然に施術費の全額を請求できるわけではないことを指摘しています。
他方,医師の指示がない場合であっても,①施術の必要性や②施術の有効性について具体的な主張・立証がなされ,更に③施術内容の合理性④施術期間の相当性⑤施術費の相当性についても認められるのであれば,施術費が損害として認められるとしています。
一括払を受ける際の注意点
任意保険会社は,接骨院や整骨院の施術費用についても,比較的簡単に医療機関への直接費用を支払う一括払を行っていますが,施術費が争点になれば,損害として認められないケースは少なくないように思われます。
示談交渉段階では,高額でなければ既払いの施術費用の額が争わるケースはそう多くないと思われますが,訴訟手続きに移行すれば,争点になる可能性は高いと思われますので,注意が必要です。
参考裁判例
東京地判平成14年2月22日判例時報1791号81頁
負傷した被害者が病院又は診療所において受けた医師又は歯科医師(以下、歯科医師と併せて「医師」と総称する。)による治療は、特段の事情のない限り、その治療の必要があり、かつ、その治療内容が合理的で相当なものであると推定され、それゆえ、それに要した治療費は、加害者が当然に賠償すべき損害となるから、加害者がこれを争う場合には、加害者が積極的に個別具体的な主張立証をしなければならない、と解すべきである。
これに対し、被害者が自らの治療のために、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師又は柔道整復師(以下「あん摩マッサージ師等」という。)による施術を選択した場合には、その施術を行うことについて医師の具体的な指示があり、かつ、その施術対象となった負傷部位について医師による症状管理がなされている場合、すなわち、医師による治療の一環として行われた場合でない限り、当然には、その施術による費用を加害者の負担すべき損害と解することはできないのであって、施術費を損害として認めるためには、被害者は、①そのような施術を行うことが必要な身体状態であったのかどうか(施術の必要性)、②施術の内容が合理的であるといえるかどうか(施術内容の合理性)、③医師による治療ではなく施術を選択することが相当かどうか(施術の相当性。医師による治療を受けた場合と比較して、費用、期間、身体への負担等の観点で均衡を失していないかどうか)、④施術の具体的な効果が見られたかどうか(施術の有効性)、等について、個別具体的に積極的な主張、立証を行わなければならない、と解すべきである。なぜなら、あん摩マッサージ師等は、医師と異なり、その施術は限られた範囲内でしか行うことができない(外科手術、薬品投与等の禁止、脱臼又は骨折の患者に対する施術の制限等。あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律四条、五条、柔道整復師法一六条、一七条)上、その施術内容の客観性、合理性を担保し、適切な医療行為を継続するために必要な診療録の記載、保存義務が課せられていないこと(医師法二四条一項、二項、歯科医師法二三条一項、二項の診療録の記載及び保存義務に関する規定が、前記各法律にはない。)、外傷による身体内部の損傷状況等を的確に把握するために重要な放射線による撮影、磁気共鳴画像診断装置を用いた検査をなし得ないこと(医師の指示の下に医師又は診療放射線技師が機械操作することとなる。診療放射線技師法二三条、二条二項。)、それゆえ外傷による症状の見方、評価、更には施術方法等にも大きな個人差が生じる可能性があること、施術者によって施術の技術が異なり、施術方法、程度が多様であること、自由診療で報酬規程がないため施術費が施術者の技術の有無、施術方法等によってまちまちであり、客観的で合理的な施術費を算定するための目安がないこと、といった点が指摘され、これらの事情を考慮すると、あん摩マッサージ師等による施術については、医師の治療のような必要性、合理性、相当性の推定をすべきではなく、それゆえ、施術費を、医師の治療費と同様に、加害者の負担すべき損害とするのは相当ではないからである。
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整骨院における施術は、医師の治療の一環として行われたものとは認められず、また、原告の症状に対して施術を選択することが必要で、合理的かつ相当であったとは認められない。