後遺障害の慰謝料

後遺障害慰謝料

 症状固定後の後遺症による精神的苦痛に関しては,「後遺障害慰謝料(後遺症慰謝料)」として評価されます。
 後遺障害慰謝料についても,傷害慰謝料の場合と同様に,自賠責保険,任意保険,裁判所ごとに支払基準が異なっています。

後遺障害慰謝料の基準

自賠責保険基準

 後遺症のうち,自動車損害賠償保障法施行令(自賠法施行令)で定められている等級に該当するとの認定を受けた症状のことを「後遺障害」といいます。

 前述のように,後遺障害慰謝料は自賠責保険,任意保険,裁判所ごと異なった支払い基準が設けられていますが,いずれもこの自賠法施行令の基準を基礎としているため,後遺障害慰謝料を請求する際には,自賠法施行令に定める等級として何級が認定されているかが大きな意味を持ちます。

平成22年4月1日以降令和2年3月31日までに発生した事故に適用する基準
自賠法施行令別表1(神経系統機能や精神に著しい障害を残し常に介護を要するもの等)に定める介護を要する後遺障害に適用される金額
後遺障害等級 慰謝料額
第1級 1,600万円(4,000万円) ※()内は保険金総額の上限
第2級 1,163万円(3,000万円)
自賠法施行令別表2(例:第1級両眼の失明,第14級1眼の瞼の一部に欠損を残し又はまつ毛は残すもの等)・別表1以外の後遺障害護を要する後遺障害に適用される金額
等級 慰謝料額 等級 慰謝料額 等級 慰謝料額
第1級 1,100万円
(3,000万円)
第6級 498万円
(1,296万円)
第11級 135万円
(331万円)
第2級 958万円
(2,590万円)
第7級 409万円
(1,051万円)
第12級 93万円
(224万円)
第3級 829万円
(2,219万円)
第8級 324万円
(819万円)
第13級 57万円
(139万円)
第4級 712万円
(1,889万円)
第9級 245万円
(616万円)
第14級 32万円
(75万円)
第5級 599万円
(1,574万円)
第10級 187万円
(461万円)
 
令和2年4月1日以降に発生した事故に適用する基準
自賠法施行令別表1(神経系統機能や精神に著しい障害を残し常に介護を要するもの等)に定める介護を要する後遺障害に適用される金額
後遺障害等級 慰謝料額
第1級 1,650万円(4,000万円) ※()内は保険金総額の上限
第2級 1,203万円(3,000万円)
自賠法施行令別表2(例:第1級両眼の失明,第14級1眼の瞼の一部に欠損を残し又はまつ毛は残すもの等)・別表1以外の後遺障害護を要する後遺障害に適用される金額
等級 慰謝料額 等級 慰謝料額 等級 慰謝料額
第1級 1,150万円
(3,000万円)
第6級 512万円
(1,296万円)
第11級 136万円
(331万円)
第2級 998万円
(2,590万円)
第7級 419万円
(1,051万円)
第12級 94万円
(224万円)
第3級 861万円
(2,219万円)
第8級 331万円
(819万円)
第13級 57万円
(139万円)
第4級 737万円
(1,889万円)
第9級 249万円
(616万円)
第14級 32万円
(75万円)
第5級 618万円
(1,574万円)
第10級 190万円
(461万円)
 

 

裁判所基準

 全国的には,日弁連交通事故相談センター「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」(通称「赤い本」)に定められた表による基準が裁判所で用いられています。
 後遺障害等級に該当する後遺障害でなければ,基本的には後遺障害慰謝料はゼロ円となります。

 しかし,この基準は一応の目安を示したものにすぎませんので,実際の訴訟において異なる金額が認定されることも少なくありません。

 自賠責の後遺障害等級に該当しない程度の障害でも,その部位や程度によっては,後遺障害慰謝料が認められることがあります。

 例えば,大阪地判 平成13年7月17日交通事故民事裁判例集37巻4号922頁は,右足背部に10×4センチメートル大の瘢痕と右第1趾介欠損を残し,天候によって右足背部の疼痛が発生することが認められる被害者について,自賠法上の後遺障害には該当しないと判断しつつも,後遺障害慰謝料30万円を認定しています。

 また,大阪地方裁判所や名古屋地方裁判所では,別途異なる基準が設けられています。

 いずれも赤い本の基準と大きく異なるところはありませんが,大阪地裁の場合には,等級が重いもの(2~7級)については赤い本基準より若干高く,等級が低いもの(9~12級)について若干低い額が設定されています。

裁判所基準(赤い本)
等級 慰謝料額 等級 慰謝料額 等級 慰謝料額
第1級 2,800万円 第6級 1,180万円 第11級 420万円
第2級 2,370万円 第7級 1,000万円 第12級 290万円
第3級 1,990万円 第8級 830万円 第13級 180万円
第4級 1,670万円 第9級 690万円 第14級 110万円
第5級 1,400万円 第10級 550万円  

 

大阪地裁(平成14年1月1日以降の事故)
等級 慰謝料額 等級 慰謝料額 等級 慰謝料額
第1級 2,800万円 第6級 1,220万円 第11級 400万円
第2級 2,400万円 第7級 1,030万円 第12級 280万円
第3級 2,000万円 第8級 830万円 第13級 180万円
第4級 1,700万円 第9級 670万円 第14級 110万円
第5級 1,440万円 第10級 530万円  

任意保険基準

 任意保険基準は,任意保険会社が独自に社内で定めている基準のことをいいます。

 自賠法施行令に定める等級の認定結果を指標とし,自賠責保険金に少しだけ上乗せした基準が定められていることが多いといえます。

参考裁判例

大阪地判 平成13年7月17日交通事故民事裁判例集37巻4号922頁


(7) 後遺障害慰謝料 30万0000円
 甲第4号証、原告◯本人及び弁論の全趣旨によれば、原告◯については、自賠法上の後遺障害等級の認定はなされていないものの、平成11年4月13日に右足背部に疼痛の自覚症状を残して症状固定と診断されており、医師が「これ以上の変化は少ないと思われる。」と診断していること、また、同部位に10×4センチメートル大の瘢痕と右第1趾介欠損を残したこと、現在も特に天候によって右足背部の疼痛が発生することが認められる。
 以上の事実によれば、上記のとおり残存している原告◯の症状については、自賠法上の後遺障害には該当しないというべきであるが、精神的苦痛に対する慰謝料として30万円を認めるのが相当である。


後遺障害における近親者固有の慰謝料請求権

 判例(最三小判昭和33年8月5日民集12巻12号1901頁)は,被害者が死亡した場合だけでなく,重度の後遺障害の場合にも「死亡に比肩するような精神的苦痛を受けた場合」には,交通事故の被害者の近親者は固有の慰謝料を請求することができるとし,民法709条,710条に基づいて,固有の慰謝料請求権を認めています。

最三小判昭和33年8月5日民集12巻12号1901頁


原審の認定するところによれば、被上告人◯は、上告人の本件不法行為により顔面に傷害を受けた結果、判示のような外傷後遺症の症状となり果ては医療によつて除去しえない著明な瘢痕を遺すにいたり、ために同女の容貌は著しい影響を受け、他面その母親である被上告人△は、夫を戦争で失い、爾来自らの内職のみによつて右◯外一児を養育しているのであり、右不法行為により精神上多大の苦痛を受けたというのである。ところで、民法七〇九条、七一〇条の各規定と対比してみると、所論民法七一一条が生命を害された者の近親者の慰籍料請求につき明文をもつて規定しているとの一事をもつて、直ちに生命侵害以外の場合はいかなる事情があつてもその近親者の慰籍料請求権がすべて否定されていると解しなければならないものではなく、むしろ、前記のような原審認定の事実関係によれば、被上告人△はその子の死亡したときにも比肩しうべき精神上の苦痛を受けたと認められるのであつて、かゝる民法七一一条所定の場合に類する本件においては、同被上告人は、同法七〇九条、七一〇条に基いて、自己の権利として慰籍料を請求しうるものと解するのが相当である。


 具体的には,脳損傷や脊髄損傷による,遷延性意識障害(いわゆる「植物状態」),重度の高次脳機能障害や重度の麻痺(四肢麻痺,片麻痺,対麻痺)が残ったようなケース(自賠責等級別表1の第1級・第2級にあたる要介護状態,別表第2の第1級・第2級の場合)には通常認められ,第3級3号にあたる精神・神経系統の障害で家族の介護の負担が重い場合でも肯定例が多く見られます。

 一方,4級以下の後遺障害の場合は,事案に応じて肯定例と否定例があり,裁判例で判断が分かれています。

 被害者が後遺障害を負った場合の近親者の慰謝料は,被害者の後遺障害等級のほか,近親者と被害者の関係,今後の介護状況,被害者本人の慰謝料額等を考慮して決められています。

 近親者慰謝料の目安について明確な定めはなく,過去に本人慰謝料の3割程度とするという考え方(沖野威「東京地裁交通部の損害賠償算定基準」別冊判例タイムズ1号14頁)が公表されたことがありますが,裁判例の動向としては必ずしもこのような水準になっていないと指摘されています(日弁連交通事故相談センター「交通事故損害額算定基準」(通称「青本」)26訂版175頁)。
 なお,被害者死亡の場合と異なり,赤い本の後遺障害慰謝料の基準には後遺障害における近親者固有の慰謝料は含まれていません(「被害者本人の後遺症慰謝料」と明記されています)。

 赤い本には,「重度の後遺障害の場合には,別途慰謝料請求権が認められる」と記載されていることから,事案ごとに個別に判断されることになると考えられます。

 一方,大阪地裁の基準では,「原則として,後遺障害慰謝料には介護に当たる近親者の慰謝料を含むものとして扱うが,重度の後遺障害については,近親者に別途慰謝料を認めることがある」とされています。

 大阪地裁の運用については,後遺障害についても死亡慰謝料と原則的には同様であるが,重度後遺障害については,近親者が現実に被害者の介護をしなければならないことに鑑み,近親者について別途慰謝料を認めることが多いとの指摘があります(大阪地裁における交通損害賠償の算定基準(第3版)62頁)

 近親者固有の慰謝料請求権が認められる範囲については,民法711条所定の父母,配偶者,子のほか,内縁配偶者について認められる傾向にあり,兄弟や祖父母等で近親者の慰謝料請求権が認められるのは,被害者との関係が特に深い場合に限られています。

 この問題については,死亡事故における近親者固有の慰謝料請求権と同様の議論が当てはまりますので,詳しくは「死亡事故の慰謝料 近親者固有の慰謝料請求権」の解説をご覧下さい。

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