交通事故によって遷延性意識障害になった場合
交通事故による頭部外傷により,一般的には植物状態と呼ばれている遷延性意識障害を引き起こす可能性があります。
遷延性意識障害となった被害者の損害賠償請求に関する実務上の問題として,判断能力が失われ,示談(和解契約締結)をする能力が欠けていることがあげられます。
被害者が未成年者の方の場合には,ご両親などの法定代理人が被害者の未成年に代わって示談交渉を行ったり,弁護士に示談交渉を委任することなどができますが,被害者が成年の場合はご両親などが被害者を代理することはできません。
したがって,交通事故で重篤な後遺障害を負ったにもかかわらず,被害者に保険会社と示談を行う能力がないため,賠償を受けることができないという困難な状況に陥ることになります。
また,弁護士に示談交渉などを依頼しようとしても,被害者は弁護士に交渉の代理権を与える能力にも欠けている状態です。
このような場合には,まず成年後見人の選任を家庭裁判所へ申立て,後見人選任後,後見人が被害者に代わって示談を行う,あるいは後見人が被害者に代わって示談交渉を弁護士に委任するなどの手続きが必要となります。
成年後見申立費用
成年後見開始審判の申立費用としては,申立手数料800円(収入印紙),登記手数料2,600円(収入印紙),送達のための予納郵券代3,950円(大阪家庭裁判所の場合。裁判所ごとに異なります),鑑定費用5万~10万円程度が必要となります。
また,申立の添付資料として,戸籍謄本,住民票,成年被後見人として登記されていないことの証明書,主治医の診断書なども必要となり,取得費用がかかります。
これらの手続費用については,交通事故と相当因果関係のある損害として認められています。
一方,申立を弁護士に依頼して支払った弁護士費用については,小河原寧裁判官の講演録「交通事故の被害者に成年後見人が選任された場合に伴う諸問題」(民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準 平成24年版下巻)において,「家庭裁判所では申立書のひな型やリーフレットなども用意しており,弁護士に委任しなければ申立をすることができない事態は想定することが難しい」,「弁護士費用を相当因果関係のある損害であるとすることは困難」だという指摘があります。
成年後見人報酬
成年後見人の報酬についても,その報酬金相当額が交通事故と相当因果関係のある損害として認められています。
大阪地判平成26年6月27日(平成24年(ワ)第5214号)では,自賠責の支払いがあるまで月2万円,自賠責の支払い後は月4万円を認め,平均余命約17年分について5,597,407円の成年後見人の基本報酬相当額の損害を認定しています。
弁護士である成年後見人が損害賠償請求訴訟を提起し,判決や和解により賠償金を得て被後見人の財産が増えた場合,付加報酬が付与されるところ,付加報酬相当額も損害として認められています。
神戸地判平成17年5月31日判例時報1917号123頁では,損害合計が78,628,378円だとした上で,訴訟の内容、経過その他本件に顕れた一切の事情を考慮して,700万円の成年後見人の報酬相当額を損害として認定しています。
大阪地判平成26年6月27日(平成24年(ワ)第5214号)
(5) 成年後見費用(原告ら主張の将来分を含む。) 559万7407円
甲14,15によれば,原告◯は,本件事故で受けた傷害により意思能力を喪失し,本件訴訟の提起等のため,成年後見人の選任を余儀なくされ,平成21年12月2日,京都家庭裁判所で成年後見開始決定を受けたこと,その際,同裁判所は,司法書士を成年後見人に選任したが,その基本報酬として,平成22年7月までの約8か月は月額2万円,自賠責保険からの支払があった同年8月以降は月額4万円を要し,このほかに事務費として年額3万円を要することが認められる。
甲15には,上記のほか,付加報酬に関する記載もあるが,この部分については,相当な報酬額を算定するに足る的確な証拠がない。
原告◯は,症状固定時の年齢は67歳で,その時点での平均余命は約17年であるところ,以上によれば,①症状固定後の1年間に35万円を要し,②その後16年間は毎年少なくとも51万円を要するものと推認されるから,その総額は,以下の計算式により559万7407円となる。
① 350,000×0.9524=333,340
② 510,000×(11.2741-0.9524)=5,264,067
神戸地判平成17年5月31日判例時報1917号123頁
(7) 成年後見人報酬 七〇〇万円
原告には身寄りがなく、本件事故の加害者である被告に対して損害賠償請求をすることをも念頭に置いて弁護士である成年後見人が選任されたものである(《証拠略》)から、不法行為の被害者が自己の権利擁護のため訴えを提起することを余儀なくされて訴訟追行を弁護士に委任した場合の弁護士費用と同様に、本件においては成年後見人報酬も本件事故により生じた損害として被告に負担させるのが相当である。
そして、上記(1)ないし(3)及び(5)、(6)の合計額が七八六二万八三七八円であることに、本件訴訟の内容、経過その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある成年後見人報酬としては、上記金額が相当である。
成年後見監督人報酬
後見監督人は家庭裁判所が必要だと認めて選任した機関ですので,後見監督人報酬相当額についても,事故と相当因果関係のある損害として認められています。