遷延性意識障害(植物状態)

 交通事故により被害者が遷延性意識障害(いわゆる植物状態、寝たきり)となってしまったご家族の悲しみは、どれほど大きいことでしょう。

 悲しみが癒えることは難しくても、慰謝料等の賠償金により入院や介護に関する様々な費用の負担を軽減することは可能です。

 ここでは遷延性意識障害になってしまった場合に請求できる慰謝料やその他の費用について、わかりやすく解説します。

遷延性意識障害とは?

 交通事故による頭部外傷によって、一般的には植物状態と呼ばれている遷延性意識障害を引き起こす可能性があります。

 日本脳神経学科学会では、以下の①~⑥の状態が治療にかかわらず3ヶ月以上継続している状態のことを遷延性意識障害と呼んでいます。

  • ①自力での移動が不可能。
  • ②自力での摂食が不可能。
  • ③糞・尿の失禁がある。
  • ④眼でかろうじて物を追うことがあっても認識はできない。
  • ⑤簡単な命令に応ずることはあるが、それ以上の意志の疎通は不可能。
  • ⑥声を出しても意味のある発語は不可能。

 遷延性意識障害の定義に当てはまる状態であれば、通常、自賠責保険における後遺障害認定では自賠法施行令別表第1の1級1号「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」と認定されます。

交通事故による遷延性意識障害の場合に請求できる賠償金

 交通事故による損害と認められるもの(交通事故との因果関係が立証できる損害)について請求できます。慰謝料や以下のような損害について請求可能です。

後遺障害慰謝料

 被害者本人の精神的苦痛に対する慰謝料です。先述したように、遷延性意識障害の条件に該当すれば、後遺障害1級1号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)と認定されます。

 1級1号の後遺障害慰謝料は最低限の補償額である自賠責基準で1,600万円(上限4,000万円)、裁判を前提とした弁護士基準(裁判所基準。なお、1級1号の後遺障害慰謝料については、東京と大阪の裁判所で差はありません)で2,800万円とされています。

治療に関係する費用

 治療費や医師の指示にもとづく付添看護の費用の請求が可能です。全ての例で認められたわけではありませんが、特別室利用料が認められたケースもあります。

 また、症状固定後の将来治療費も認められる可能性があります。

休業損害

 治療中、休業したために得られるはずであった収入が減少した場合、その減少分の損害を請求できます。休業損害は症状固定までの期間について認められます。

自宅や車両改造費・転居費用

 介護に合わせ自宅や車両を改装・改造する費用、介護に適した居宅への引っ越し費用も認められる可能性があります。

入院雑費

 入院中の雑費(おむつ代やカテーテル等)、装具代も必要かつ相当な範囲内で認められます。弁護士基準(裁判所基準)では1日1,500円とされています。

 症状固定後の入院雑費(将来入院雑費)についての裁判所の扱いは様々ですが、将来の雑費等が請求されていないことを理由に生活費控除(後述の逸失利益の項目を参照下さい)を否定した裁判例も散見されることから、将来入院雑費の認定と生活費控除の否定がトレードオフの関係(どちらかしか成立しない)になる可能性があります。

将来介護費

 常時介護が必要ですから将来にわたる付き添い介護費を請求できます。

 職業付添人の場合は必要かつ相当な範囲での実費全額、近親者が付き添う場合は東京地裁では1日6,500円、大阪地裁では 1日6,000円が基準とされていますが、裁判例では個々の事情に合わせて日額が加減されています。

 遷延性意識障害の患者の余命は短いという主張が保険会社からなされることが少なくありません。

 しかし、この点については、平均余命まで将来介護費を認めた裁判例が多数存在しています。

逸失利益

 遷延性意識障害にならなければ得られたであろう利益を請求できます。

 具体的には、「基礎収入額×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数」で算出します。

  • 基礎収入額・・・給与所得者の場合は事故前の収入額、事業所得者の場合は事故前の申告所得、主婦(主夫)や学生、生徒や幼児の場合は原則として賃金センサス(厚生労働省が毎年実施している「賃金構造基本統計調査」の結果)を基準とする
  • 労働能力喪失率・・・遷延性意識障害の場合:100%
  • 労働能力喪失期間・・・症状固定時を基準とし、67歳までの期間又は平均余命の2分の1の期間のいずれか長い方
  • ライプニッツ係数・・・将来分割でもらうはずだった金額を一括で受け取る場合に行う中間利息を控除する計算のために使用する数値

 労働能力喪失率が100%で67歳までの期間又は平均余命の2分の1の期間の期間のいずれか長い方の期間について請求できますので、全体としてかなり高額になることが多いです。

 遷延性意識障害の逸失利益に関しては、被害者死亡の場合に準じて生活費を控除すべきという主張が保険会社からなされることが少なくありません。

 この点については生活費控除をした裁判例もありますが、東京地裁交通部の髙取真理子裁判官は消極説に立ち、生活費控除をしていない裁判例が圧倒的に多いと指摘されています(「重度後遺障害に伴う諸問題~将来の介護費用を中心として(交通事故による損害賠償の諸問題Ⅲ264~265参照)」)。

遷延性意識障害の損害賠償請求上の問題(成年後見制度について)

 損害賠償請求の実務上の問題として、被害者の判断能力が失われ、示談(和解契約締結)をする能力が欠けていることがあげられます。

 被害者が未成年者の方の場合には、ご両親などの法定代理人が被害者の未成年に代わって示談交渉を行ったり、弁護士に示談交渉を委任することなどができますが、被害者が成年の場合はご両親などが被害者を代理することはできません。

 したがって、交通事故で重篤な後遺障害を負ったにもかかわらず、被害者に保険会社と示談を行う能力がないために、賠償を受けることができない困難な状況に陥ることになります。

 また、弁護士に示談交渉などを依頼しようとしても、被害者は弁護士に交渉の代理権を与える能力にも欠けている状態です。

 このような場合には、まず成年後見人の選任を家庭裁判所へ申立て、後見人選任後、後見人が被害者に代わって示談を行う、あるいは後見人が被害者に代わって示談交渉を弁護士に委任するなどの手続きが必要となります。

 成年後見の理由が本人の認知症であるときの成年後見人は、家族が選任されることが多く、遷延性意識障害の場合においても家族を選任してもらうように申し立てることは可能です。

 たかつき法律事務所では、交通事故の示談交渉に先立ち、成年後見申立を行う必要がある事案についても対応しております。

まとめ

 遷延性意識障害になった場合、慰謝料以外にも様々な損害を請求することが可能ですが、それぞれ請求根拠を明確にする必要があります。それに加えて、成年後見の申立てが必要な場合もあります。

 交通事故対応の経験が豊富な弁護士であれば、実態に即した様々な請求を適切に行いますので、最大限の示談金獲得が期待できます。

 ご家族で抱え込まず、どうぞお気軽にご相談ください。

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