35歳の無職者について逸失利益が否定された事例

奈良地判平成30年1月12日自保ジャーナル 2018号67頁

争点

 35歳の無職者について逸失利益が認められるかが争点となりました。。

判決文抜粋


(5) 後遺障害逸失利益 0円
ア 被告◯に本件事故による後遺障害(併合14級に該当するもの)が生じたことは,前記(4)でみたとおりである。
イ しかし,被告◯は,大学院を25歳で卒業した後,本件事故(35歳)までの間,就労経験が全くなく,求職活動も,本件事故までは,数箇月に1回程度,1社に応募するのみで,就職が決まったことも一度もなく,本件事故後に至っては,本件口頭弁論終結時(平成29年12月1日,41歳)までの間,ハローワークにも一切行っていないというのであるから(被告◯本人),就労意欲に乏しいものとみるほかなく,上記後遺障害による逸失利益を観念し得る期間(症状固定時から5年程度)において,就労の蓋然性があったものとは認められない。被告◯は,本件後遺障害のため求職活動自体困難であった旨主張するが,前記(4)でみた本件後遺障害の内容・程度に照らし,採用できない。
ウ したがって,本件事故による後遺障害逸失利益の発生は認められない。


解説

 無職者の場合であっても,就労の蓋然性がある場合には,稼働にかかる逸失利益が認められています。

 本件は,交通事故で14級9号が認定され,5年の間に就労の蓋然性があるかどうかが争点となりました。

 無職者の逸失利益が問題となる場面としては,定年退職後の高齢者等があげられます。このコラムで2019年10月13日に紹介した東京地判平成8年1月31日交通事故民事裁判例集29巻1号190頁は定年退職後の高齢無職者の死亡事故の事案ですが,就労しなくとも十分な収入があったことが稼働にかかる逸失利益を否定する大きな要因となっています。

 一方,本判決は,35歳無職者の事案において,25歳の大学院卒業後から事故に遭った35歳まで就労経験がまったくなく,求職活動も数ヶ月に1回程度1社に応募するだけで就職が決まったことも一度もなく,事故後にいたっては,口頭弁論終結時(平成29年12月1日,41歳)までの間,ハローワークにも一切行っていないことから,就労意欲に乏しく,就労の蓋然性がないとして,逸失利益を認めませんでした。

 本判決は,いわゆるニートの事案について,就労意欲及び就労の蓋然性について判断した事例として参考になると思われます。

 とはいえ,本判決は「5年程度」の間の就労の蓋然性について判断した事例ですので,仮に被害者に就労可能期間である67歳まで影響する後遺障害が生じていた場合には,被害者救済の観点から,何らかの就労の蓋然性の根拠を示した上で,逸失利益を認定していた可能性もあったかもしれません。

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