主治医の診断より早い症状固定日が認定された事例

横浜地裁平成27年11月5日自保ジャーナル 1966号95頁

争点

 症状固定日が争点となりました。

判決文抜粋


 3 争点及び当事者の主張
  (1) 争点1(症状固定日)
 (原告の主張)
 原告は,本件事故によって強い衝撃を受け,頚椎椎間板ヘルニアが生じたため,本件事故から3か月後まで,頚部痛のため首や肩を動かすことができなかった。このため,右上肢挙上障害の症状を自覚し得なかったが,平成25年2月頃から,頚部痛が改善したため,右上肢挙上障害の症状を自覚するに至った。右上肢挙上障害は,頚椎椎間板ヘルニアに伴うもので,本件事故によるものと考えられる。
 こうした経緯を熟知した主治医が症状固定の診断をしているし,原告の症状の改善は,実際には平成25年の夏頃まで続いていたから,上記症状固定日の診断は,むしろ早めの判断といえる。
 したがって,症状固定日は平成25年5月1日である。

 (被告の主張)
 原告の傷病名は頚椎捻挫及び腰椎捻挫であり,治療内容は消炎鎮痛処置等の保存的加療のみで,症状固定に至るまで変化がない。腰部痛の症状は平成25年1月23日の時点で消失しており,この頃には治癒していたといえるし,頚部痛の症状も本件事故の3か月後には改善され,この頃には固定していた。
 原告が初めて右肩の痛みを訴えたのは,本件事故から約6か月が経過した同年3月22日の時点であり,原告の主張する右上肢挙上障害の症状は,外傷性のものではなく加齢性のものと考えられるから,本件事故と因果関係がない。原告の主張する頚椎椎間板ヘルニアは,その発生機序からして本件事故によるものといえない。先天的なものと考えられる脊柱管狭窄の症状がみられることからすると,本件事故後の原告の愁訴のすべてについて,本件事故によるものか疑問なしとしない。
 したがって,症状固定日は平成25年1月23日である。

第3 当裁判所の判断
 1 争点1(症状固定日)について
  (1) 後掲各証拠によれば,次の事実が認められる。
   ア 原告は,平成24年10月17日,本件事故によって頚椎捻挫及び腰椎捻挫の傷害を負ったが,本件事故の直後には痛みがなかったことから,本件事故は物件事故として扱われた。
   イ 原告は,同月19日,上林整形クリニックに通院し,首から肩にかけての疼痛と腰部の疼痛を訴えたが,レントゲン検査等によっても外傷性の変化は見られず,消炎鎮痛処置(器具等による療法)を受けた。
 原告は,その後も多数回通院し,低周波治療,牽引,ウォーターベッド等を受けたが,原告の症状は著変ないまま推移した。
   ウ 同年11月13日頃,原告の腰椎捻挫が治癒した。
   エ 原告は,平成25年1月23日,主治医に対し,頚椎捻挫の症状が改善しないので,あと1か月通院して改善しないときは,症状固定として後遺障害の認定を受けたいとの意向を示した。
 原告は,その後,数日おきに通院を継続したものの,原告の症状は著変ないまま推移した。
   オ 原告は,同年2月頃,日常的な疼痛がなくなったものの,同月16日,主治医に対し,後遺障害の認定を受けるには半年間通院を継続する必要があるなどと述べた。
   カ 平成25年3月22日,原告の頚椎捻挫の症状には著変がなかったが,原告は,主治医に対し,右肩が上がりづらいと訴えた。
   キ 原告は,同年5月1日,症状固定の診断を受けた
  (2) 上記認定事実を前提に検討するに,原告は,平成25年5月1日,症状固定の診断を受けている。
 しかしながら,腰椎捻挫については,平成24年11月13日頃には治癒しているし,頚椎捻挫については,平成25年2月以降,著変ないまま推移し,治療内容も時折ロキソニンテープが処方されるほか,消炎鎮痛処置が継続されているにすぎないのであるから,平成25年2月16日には症状が固定したとみるのが相当である。
 なお,診療録の同日欄には,「半年程度で判断しましょう」,「少しづつ改善はある様子」との記載があるが,これらは,後遺障害の認定を受けるには半年間通院を継続する必要があるとの原告の認識ないし意向に沿った応答とみるべきであるから,上記の認定を左右するに足りない。
 また,上記に対し,原告は,本件事故によって頚椎椎間板ヘルニアが生じ,これに伴って右上肢挙上障害が生じ,その後もその症状の改善が続いた旨主張し,これに沿う証拠として診断書を提出するが,頚椎椎間板ヘルニアが本件事故によって生じたことを認めるに足りる証拠はないし,右肩が上がりづらいとの愁訴が本件事故後5か月後のものであることからすると,右上肢挙上障害が本件事故によって生じたとも認め難い。上記診断書は,これらが本件事故による可能性があると述べるのみで,原告の主張を認めるに足りない。
  (3) したがって,症状固定日は平成25年2月16日と認められる。


解説

 交通事故で受傷した頚椎捻挫等で14級9号が認定された事案ですが,治療経過から症状固定時期が争いになりました。

 主治医は平成25年5月1日を症状固定日と判断した後遺障害診断書を発行し,それをもとにして後遺障害等級も認定されましたが,主治医の判断とは異なる症状固定日が認定されています。

 本判決は,平成25年2月以降,「著変ないまま推移し,治療内容も時折ロキソニンテープが処方されるほか,消炎鎮痛処置が継続されているにすぎない」として,平成25年2月16日を症状固定日として認定しました。

 交通事故で一括対応により治療費が加害者の加入している保険会社から医療機関に直接支払われている事案において,当該保険会社から治療打ち切りの打診がなされることがあります。

 保険会社から打ち切り打診があったと言っても,仮払いのサービスを止めるという意味に過ぎず,保険会社に症状固定時期を判断する権限があるわけではありません。症状固定日の認定において,主治医の診断は重要な証拠として扱われています。

 とはいっても,裁判所は主治医の診断に拘束されるわけではありませんので,本判決のように主治医の診断と異なる症状固定日が認定される場合もあります。

 保険会社から打ち切りの打診があった場合に,自費で治療を継続して症状固定日を争うかどうかについては,治療経過を踏まえて判断する必要があります。

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