高松高判平成4年9月17日自保ジャーナル994号2頁
争点
妊娠中の女性が受傷して胎児が死亡した事故について,胎児の死亡に対する慰謝料が争点となりました。
判決文抜粋
(六) 胎児死亡による慰謝料
前掲甲第一号証、第一二号証、乙第二号証、原本の存在及び成立ともに争いのない乙第三号証、前掲被控訴人◯本人尋問の結果によると、被控訴人◯は、本件事故当時妊娠一〇か月で平成元年七月三〇日が出産予定日であり、妊娠後継続して診察を受けていた「□□病院」で同月二四日定期検診を受けた際、母体及び胎児とも正常であるとの診断を受けていたところ、出産予定日を目前にして本件事故により胎児が死亡したものであることが認められる。
右の事実によると、被控訴人◯が本件事故により精神的に多大の苦痛を被つたであろうことは容易に推察できるところであり、この苦痛を慰謝するには八〇〇万円をもつて相当と認める。
解説
本件は,出産予定日の4日前に事故に遭って胎児が死産となった事故ですが,胎児の死亡について800万円の慰謝料が認定されました。
民法上,私権の享有は出生によって始まる(民法3条1項)とされていることから,胎児の時点で死亡した場合には,胎児には損害賠償請求権が認められないことになります。
したがって,本件でも,胎児について損害賠償請求権が発生し,それを両親が相続したという構成を取ることはできません。
母親について損害賠償請求権が発生することには争いがありませんが,その法律構成については見解が分かれています。
裁判例では,胎児の死産は母体に対する傷害に吸収されると考えて母親の傷害慰謝料の算定において斟酌するケースと,胎児に対する近親者慰謝料が発生すると扱うケースの2通りの構成が見られます。
本件では,被控訴人(母親)が近親者慰謝料として請求する法律構成を取っているため,近親者慰謝料として認定されているものと考えられます。
胎児の死亡に伴う慰謝料については基準化されておらず,裁判例における認定額も様々ですが,妊娠月数が長ければ長いほど慰謝料額が大きくなる傾向にあります。
また,父親の近親者慰謝料も認められていますが,おおむね母親の半分程度が目安となっているようです。
他の裁判例を見ると,妊娠2ヶ月で150万円(大阪地判平成8年5月31日交通事故民事裁判例集29巻3号830頁)や,妊娠27週で250万円(横浜地判平成10年9月3日自保ジャーナル1274号2頁)などがあり,本件の事例は突出して高額です。
明確な慰謝料算定基準が確立されていないため,裁判所毎に幅が出るのは避けられないところですが,本件で800万円の慰謝料が認定されたのは,出産予定日の4日前という事情を考慮したためと考えられます。