減収のない公務員について逸失利益が認められた事例

大阪高判平成31年1月22日(平30(ネ)1599号)

争点

 減収の無い公務員の逸失利益が認められるかが争点となりました。

判決文抜粋


第4 一審被告の受傷及び治療経過等について

 1 一審被告は,昭和37年○月○日生生まれ(本件事故当時53歳)の男性であり,a市交通局b営業所に勤務し,市バス業務を担当する地方公務員であるが,本件事故当時,市バスの乗務員ではなく,主にデスクワークを担当していた。それでも,一審被告は,1日1時間程度,営業所内でバスを移動させるためにバスの運転を行う必要があった。

 9 一審被告は,勤務時間外や休日(一審被告は,その職種ないし業務内容のため平日の休日が多かった。)を利用して通院していたので,休業損害というものは発生しなかった。また,一審被告は,右膝の痛みや不安定さにより,勤務先での階段昇降や右足で行うバスの運転操作に痛みや不自由さを感じていたが,痛みは我慢し,慎重な歩行や運転操作を行うことを心がけることにより,b営業所において,事故前と変わらない内容の業務をこなしていた。
 10 一審被告の事故前及び事故後の給与収入は,平成26年分が820万9203円,平成27年分が830万3904円,平成28年分が817万8968円であった。
 一審被告は,西暦2020年○月○日生に60歳となり,同月末をもってa市を定年退職することになるが,特段の事情がなければ同年4月1日から5年間は再任用される可能性が高い。しかし,再任用職員に支給される給与は,通常,定年前支給額の半額程度となる。

第5 一審被告に生じた損害について

 4 本件後遺障害による逸失利益

  (4) 前記第4の9及び10に認定の事実関係に照らせば,一審被告の場合,これまでのところ労働能力喪失に伴う減収が現実化していないし,定年退職までは減収が顕在化しない可能性が高いということができる。この点に関し,一審原告は,一審被告が本件事故後に休業しておらず,業務内容に変化もなく,減収も殆どないことを指摘し,一審被告主張の逸失利益は認められるべきではないと主張する。
 しかしながら,前記第4の9のとおり,一審被告は,右膝の痛みや不安定さによって業務の支障が生じないよう努力しているものと認められ,そのことが減収を食い止めている面も否定はできないし,本件後遺障害の内容,部位及び程度と一審被告の職務内容に照らせば,一審被告が定年退職後に高収入を得るため再任用以外の転職を試みた場合,本件後遺障害が不利益をもたらす可能性があるといわざるをえない。
 したがって,一審被告は,本件後遺障害により上記14年間にわたり,症状固定時の給与収入817万8968円の14%の得べかりし収入を失ったものと推認すべきであり,年5分のライプニッツ係数(9.8986)を用いて中間利息を控除し,逸失利益につき症状固定時の金額を算出すれば1133万4446円となる。


解説

 まず,本件は,人身事故の加害者側から物損請求の第一審訴訟が提起され,それが控訴された事件です。そのため,人身事故の被害者が「一審被告」となっています(以下,「被害者」といいます)。

 本件では,事故後被害者が休業しておらず,事故前と変わらない内容の業務に従事していたことから,後遺障害逸失利益が認められるかが争点となりました。

 これまでの裁判例の傾向としては,事故後の減収がなくても労働能力の喪失が認められる場合,以下のような要素を考慮して逸失利益が認められています(Q事故後の減収がないのですが、逸失利益は認められるのでしょうか?)。

  1. 事故前に比べ、本人が努力し収入を維持しているのか。
  2. 昇進・昇給等における不利益が生じているか。
  3. 業務へ支障を来しているか。
  4. 退職・転職を余儀なくされる可能性があるか。
  5. 勤務先の規模・存続可能性。
  6. 勤務先の配慮や温情により、収入が維持されているに過ぎないのか。
  7. 生活上の支障が生じているか。

 

 本判決は,「右膝の痛みや不安定さによって業務の支障が生じないよう努力しているものと認められ,そのことが減収を食い止めている面も否定はできない」し,「本件後遺障害の内容,部位及び程度と一審被告の職務内容に照らせば,一審被告が定年退職後に高収入を得るため再任用以外の転職を試みた場合,本件後遺障害が不利益をもたらす可能性がある」として,逸失利益を認めました。

 公務員が被害者の事案の示談交渉において,保険会社が減収がないことを理由に逸失利益がないと主張してくることは少なくありません。

 しかしながら,前述の考慮要素のような事情がある場合には,逸失利益が認められる可能性がありますので,注意が必要です。

 本判決は,減収のない公務員について逸失利益が認められた裁判例の一つとして参考になると思われます。

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