自由診療の治療費について、健康保険の単価で算定した額の範囲で損害が認められた事例

東京地判平成25年8月6日(平成23年(ワ)第12078号)

争点

 むち打ち事案(14級9号)において,200万円を超える高額医療費の必要性・相当性が争われた事案です。

判決文抜粋


(原告の主張)
ア 治療費等 200万8860円
 原告は,平成22年12月31日に症状固定の診断を受けるまでの間,前記前提となる事実等(4)のとおり通院して治療を受け,合計200万8860円の治療費等(文書料を含む。)を要した。本件組合は,同年8月31日までの本件クリニックにおける治療費については,一括対応をしたものの,その後の治療費を支払わない。
 なお,被告は,同年9月以降に原告の通院頻度が増えていることをもって過剰診療であるなどと主張するが,原告は,本件事故当時,大手銀行の支社長という立場にあり,同年6月末ころまで金融庁の検査があったため,その準備と対応に追われたことから,その時期,痛みがあっても通院することができなかったのであり,その結果,痛みが次第に増悪し,勤務を休むことができないことから,同年9月以降は通院頻度を増やさざるを得なかったにすぎない。

 (被告の主張)
ア 治療費等について

 (イ) 次に,原告が本件事故による損害として主張する治療費については,以下のとおり,その治療内容が原告の傷害の程度に照らして過剰・濃厚なものであって,治療の必要性及び相当性があるということはできず,また,治療費の算定方法も相当性を欠く。


f 診療報酬の1点単価は,1点25円ではなく,1点10円で算定すべきである。自由診療における相当な診療報酬額についても,健康保険法に基づく診療報酬体系が一応の基準となり,本件においては,健康保険法に基づく診療報酬体系を基準とするのが相当でないという合理的な事情はない。

第3 当裁判所の判断

イ(ア) まず,治療内容の必要性及び相当性について検討すると,臨床現場における医師による診療行為は,専門的な知識と経験に基づき,患者の個体差を考慮しつつ,刻々と変化する症状に応じて実施されるものであるから,患者に対する個々の治療内容の選択と実施については,当該医師の個別の判断を尊重し,医師に対して一定の裁量を認めることが相当である。したがって,医師による治療内容の選択と実施については,それが明らかに不合理なものであって,医師の有する裁量の範囲を超えたものと認められる場合でない限り,その必要性と相当性を欠く過剰診療又は濃厚診療であるとすることはできず,実施された治療と交通事故との間に相当因果関係を認めるべきである。
(イ) これに対し,実施された治療内容について,交通事故の加害者が被害者に対して不法行為責任に基づいて賠償すべき治療費の額は,当該事故と相当因果関係があると認められる範囲に限られるのであって,治療費の算定については,治療内容の選択と実施と同様に医師又は病院の裁量に委ねられるものとすることはできない。交通事故の被害者が病院との間で一定の算定方法により算定された額の治療費を支払う旨の合意をしたとしても,被害者が当該合意に基づいて病院に対して治療費を支払うべき義務を負うのは格別,加害者は,当該合意に拘束されるものではないから,相当な範囲を超える治療費については賠償責任を負わない。

 そして,前記1で認定した原告の症状の推移及び本件クリニックにおける治療の経過によれば,原告が本件事故により負った頚椎捻挫の傷害は,何ら重篤なものではなく,また,その治療の経過をみても,高度の救急措置,麻酔管理,専門医療従事者の参加等を必要とするものではなく,さらに,その治療内容についてみても,自由診療であるといっても,特に高い専門的知識や技術を要する治療がされたわけではないから,結局,頚椎捻挫に対する一般的な治療の域を出るものではなかったといわざるを得ない。したがって,原告の傷害に対する治療は,健康保険に基づく治療の範囲により実施することも十分可能なものであったということができる。
  ところで,健康保険法においては,保険医療機関は,療養の給付に関し,療養の給付に関する費用の額から一部負担金(健康保険法74条)に相当する額を控除した額を保険者に請求することができ(同法76条1項),療養の給付に要する費用の額は,厚生労働大臣の定めるところにより算定する旨が定められており(同条2項),この厚生労働大臣の定めである「診療報酬の算定方法」(平成20年厚生労働省告示第59号)によれば,療養に要する費用の額は,1点の単価を10円とし,同告示の別表(医科診療報酬点数表)において定められた点数を乗じて算定すべきものとされている。そして,厚生労働大臣が療養の給付に要する費用の額を定めるときは,中央社会保険医療協議会に諮問するものとされており(同法82条1項),同協議会は,診療報酬につき直接利害関係を有する各界を代表する委員と公益を代表する委員によって構成されており(社会保険医療協議会法3条1項),その審議の結果出される答申の内容は,各界の利害を調和させ,かつ,公益を反映させたものとして,その内容には公正妥当性が認められる。したがって,交通事故の被害者が自由診療契約に基づく治療を受けた場合であっても,本件のように,健康保険に基づく治療の範囲により治療を実施することも十分可能であったと認められるときには,実施された治療について交通事故の加害者が被害者に対して不法行為責任に基づいて賠償すべき相当な治療費の額を判断する上で,健康保険法に基づく診療報酬体系による算定方法が一応の基準になるということができる。

(オ) さらに,証拠によれば,原告の治療に係る本件クリニックの各診療報酬明細書においては,1点単価25円で治療費が算定されていることが認められ,このように算定された治療費が損害として請求されている。
 しかし,上記イ(イ)のとおり,健康保険法に基づく診療報酬体系においては,1点単価10円で治療費が算定されているところ,原告又は原告補助参加人において,これを超える単価により治療費を算定すべき理由について具体的な主張立証をしていない。また,原告の受傷に対する治療が健康保険法に基づく治療の範囲を超えるものであったと認めることができないことは,上記イ(イ)のとおりであり,上記単価を修正すべき事情もうかがわれない。
 そうすると,被告が賠償すべき本件事故と相当因果関係のある治療費を算定するに当たっては,1点単価を10円とすべきである。


解説

 治療費や入院費については,理論上は,事故と相当因果関係がある範囲で認められるとされているものの,実務上は,保険会社が一括対応をした既払いの自由診療報酬の額を争うことはあまりありませんでした。

 本件では,むち打ち損傷の事案において,1点25円の自由診療報酬の契約に基づいて算定された200万円を超える多額の医療費の必要性・相当性が問題となりました。

 本件以前に自由診療報酬の相当性が争われた事例としては,健康保険の1.5倍の範囲内で自由診療報酬が損害として認められた福岡高判平成8年10月23日判例時報1595号74頁があります。

 これに対し,東京地裁は,医師には治療内容の裁量はあるが,治療費算定の裁量はないと述べた上で,

①一般的な治療の域を出るものではなく,健康保険に基づく治療の範囲により実施することも十分可能。

②保険診療の単価を修正すべき(合理的な)事情もうかがわれない。

 との判断を示して,被告が賠償すべき事故と相当因果関係にある治療費の額を健康保険の単価の1点10円によって算定される範囲に限定しました。

 診療報酬単価の実務上の目安としては,医療機関を拘束するものではありませんが,平成元年に日本医師会と損保業界との間で成立した診療報酬基準についての合意があります。

 当該基準では薬剤等については1点12円,その他の技術料については+20%の1点14.4円が上限とされてますが,この上限の範囲であれば保険会社が診療報酬の相当性を争う可能性は低いと思われます。

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