示談(和解)契約の効力
当事者間で「被害者はその余の請求を放棄する」旨の権利放棄条項や「示談(和解)条項以外に債権債務がないことを確認する」旨の清算条項が入れられた示談(和解)契約(民法695条)が成立した場合,被害者に示談当時その内容以上の損害が存在していたとしても,あるいは,示談後にその内容以上の損害が生じたとしても,示談成立後は被害者から加害者に対して損害賠償を請求できないのが原則です。
とはいえ,示談契約締結後に全く予想できなかった後遺障害が発生したりすることもありえます。
予想できない重度後遺障害が発覚した場合などは,示談が成立したからといって,被害者の損害賠償請求を完全に否定するのは極めて酷だといえます。
この点について,判例(最二小判昭和43年3月15日民集22巻3号587頁)は,示談書中に権利放棄条項が入っていても,後日示談当時に予想できなかった損害が発生した場合には,その損害について権利放棄条項の効力を及ぼすのは合理的意思に合致しないと判断しました。
昭和43年最高裁判決は,権利放棄条項を限定解釈したものですが,下級審でも,理論構成は様々ですが,同様に被害者を救済しています。
昭和43年最高裁判決以降の下級審判決の理論構成の例を見ると,錯誤による無効と判断したもの(名古屋地判平成20年12月16日判例時報2041号114頁),公序良俗・信義則違反として無効と判断したもの(大阪地判昭和53年11月30日判例時報929号99頁),権利放棄条項の適用範囲を限定解釈するもの(大阪地判昭和43年12月5日交通事故民事裁判例集1巻4号1425頁),示談後に生じた損害を別損害とするもの(東京地判平成8年8月27日交通事故民事裁判例集29巻4号1191頁)などがあります。
最二小判昭和43年3月15日民集22巻3号587頁
全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、早急に小額の賠償金をもつて満足する旨の示談がされた場合においては、示談によつて被害者が放棄した損害賠償請求権は、示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべきであつて、その当時予想できなかつた不測の再手術や後遺症がその後発生した場合その損害についてまで、賠償請求権を放棄した趣旨と解するのは、当事者の合理的意思に合致するものとはいえない。
実務での運用
実務では,将来において後遺障害発生の可能性がある場合などに,免責証書や示談書に,「将来,乙(被害者)に後遺障害が発生し,自賠責保険において等級認定された場合には,別途協議する(公益財産法人交通事故紛争処理センター示談書書式から引用)」といった留保条項を入れることがあります。
この留保条項の内容が昭和43年最高裁判決とは異なるのは,将来の後遺障害を予想できたかどうかを問題としない一方で,後遺障害が自賠責保険において等級認定されることを条件としている点ですが,明確性の上ではこちらの方が優れていると思われます。