被害者が事故と無関係の原因で死亡した場合、逸失利益や介護費用の賠償はどうなるのでしょうか?

事故と無関係の原因での死亡と就労可能期間

 被害者が交通事故で後遺障害を負い,その後事故とは別の原因で死亡した場合に,死亡の事情は逸失利益算定における就労可能期間の認定において考慮されるのでしょうか。

 この点について,判例(最一小判平成8年4月25日民集50巻5号1221頁)は,交通事故時点で死亡の原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り,就労可能期間の認定において考慮すべきでないとの判断を示しました。

 その理由としては,労働能力の一部喪失による損害が交通事故のときに一定の内容として発生しているから,事故後の事情によって内容が変わるものではないこと,被害者が事故後偶然に別の原因で死亡したことで,賠償義務者がその義務の全部又は一部を免れ,被害者ないし遺族が事故により生じた損害の填補を受けることができなくなるのは衡平の理念に反することが挙げられています。

 したがって,例えば癌で余命半年など,交通事故時点で死亡の原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたといった特段の事情がない限り,事故とは無関係の原因での死亡の事情は就労可能期間の認定に影響を及ぼさないことになります。

最一小判平成8年4月25日民集50巻5号1221頁


 交通事故の被害者が事故に起因する傷害のために身体的機能の一部を喪失し,労働能力の一部を喪失した場合において,いわゆる逸失利益の算定に当たっては,その後に被害者が死亡したとしても,右交通事故の時点で,その死亡の原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り,右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではないと解するのが相当である。

 けだし,労働能力の一部喪失による損害は,交通事故の時に一定の内容のものとして発生しているのであるから,交通事故の後に生じた事由によってその内容に消長を来すものではなく,その逸失利益の額は,交通事故当時における被害者の年齢,職業,健康状態等の個別要素と平均稼働年数,平均余命等に関する統計資料から導かれる就労可能期間に基づいて算定すべきものであって,交通事故の後に被害者が死亡したことは,前記の特段の事情のない限り,就労可能期間の認定に当たって考慮すべきものとはいえないからである。また,交通事故の被害者が事故後にたまたま別の原因で死亡したことにより,賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ,他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害のてん補を受けることができなくなるというのでは,衡平の理念に反することになる。


死亡後の生活費控除の可否

 最一小判平成8年4月25日民集50巻5号1221頁は,逸失利益算定における就労可能期間の認定において,特段の事情がない限り,影響を及ぼさないという判断を示しました。

 では,死亡後は生活費がかかりませんが,生活費控除は認められるのでしょうか。

 この点について,判例(最二小判平成8年5月31日民事判例集50巻6号1323頁)は,事故と死亡との間に相当因果関係がある場合に限り,死亡後の生活費を控除することができると判断しました。

 このように判例は,事故と死亡の間に相当因果関係があり,被害者が死亡逸失利益を請求するか,後遺障害逸失利益を請求するかを選択可能な場合に限り,生活費を控除することができるとしています。

最二小判平成8年5月31日民事判例集50巻6号1323頁


 三 また,交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害のために労働能力の一部を喪失した後に死亡した場合,労働能力の一部喪失による財産上の損害の額の算定に当たっては,交通事故と被害者の死亡との間に相当因果関係があって死亡による損害の賠償をも請求できる場合に限り,死亡後の生活費を控除することができると解するのが相当である。けだし,交通事故と死亡との間の相当因果関係が認められない場合には,被害者が死亡により生活費の支出を必要としなくなったことは,損害の原因と同一原因により生じたものということができず,両者は損益相殺の法理又はその類推適用により控除すべき損失と利得との関係にないからである。


事故と無関係の原因での死亡と将来介護費用等

 事故で重度の後遺障害を負った場合,将来において発生が見込まれる介護費用が損害として認められることがあります。被害者が事故とは無関係の原因で死亡した場合,死亡後は介護が不要となります。そのため,死亡後の将来介護費用が認められるかが問題となります。

 この点について,判例(最一小判平成11年12月20日民集53巻9号2038頁)は,原審の東京高裁が認めていた死亡後の将来付添費用を損害として認めない判断示しました。

 その理由としては,以下のものが挙げられています。この判例の考え方に照らすと,将来付添費用以外の将来治療費,装具交換代などの積極損害も同様に死亡後以降は損害として認められないと考えられます。

  1. 介護費用の賠償は,被害者において現実に支出すべき費用を補てんするものであり,判決において将来の介護費用の支払を命ずるのは,引き続き被害者の介護を必要とする蓋然性が認められるからにほかならない。ところが,被害者が死亡すれば,その時点以降の介護は不要となるのであるから,もはや介護費用の賠償を命ずべき理由はなく,その費用をなお加害者に負担させることは,被害者ないしその遺族に根拠のない利得を与える結果となり,かえって衡平の理念に反することになる。
  2. 交通事故による損害賠償請求訴訟において一時金賠償方式を採る場合には,損害は交通事故の時に一定の内容のものとして発生したと観念され,交通事故後に生じた事由によって損害の内容に消長を来さないものとされるのであるが,右のように衡平性の裏付けが欠ける場合にまで,このような法的な擬制を及ぼすことは相当ではない。
  3. 被害者死亡後の介護費用が損害に当たらないとすると,被害者が事実審の口頭弁論終結前に死亡した場合とその後に死亡した場合とで賠償すべき損害額が異なることがあり得るが,このことは被害者死亡後の介護費用を損害として認める理由になるものではない。

最一小判平成11年12月20日民集53巻9号2038頁


原審の判断のうち,亡◯の死亡後の逸失利益を損害と認めた部分は是認することができるが,その死亡後の介護費用を損害と認めた部分は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 2 しかし,介護費用の賠償については,逸失利益の賠償とはおのずから別個の考慮を必要とする。すなわち,(一) 介護費用の賠償は,被害者において現実に支出すべき費用を補てんするものであり,判決において将来の介護費用の支払を命ずるのは,引き続き被害者の介護を必要とする蓋然性が認められるからにほかならない。ところが,被害者が死亡すれば,その時点以降の介護は不要となるのであるから,もはや介護費用の賠償を命ずべき理由はなく,その費用をなお加害者に負担させることは,被害者ないしその遺族に根拠のない利得を与える結果となり,かえって衡平の理念に反することになる。(二) 交通事故による損害賠償請求訴訟において一時金賠償方式を採る場合には,損害は交通事故の時に一定の内容のものとして発生したと観念され,交通事故後に生じた事由によって損害の内容に消長を来さないものとされるのであるが,右のように衡平性の裏付けが欠ける場合にまで,このような法的な擬制を及ぼすことは相当ではない。(三) 被害者死亡後の介護費用が損害に当たらないとすると,被害者が事実審の口頭弁論終結前に死亡した場合とその後に死亡した場合とで賠償すべき損害額が異なることがあり得るが,このことは被害者死亡後の介護費用を損害として認める理由になるものではない。以上によれば,【要旨】交通事故の被害者が事故後に別の原因により死亡した場合には,死亡後に要したであろう介護費用を右交通事故による損害として請求することはできないと解するのが相当である。


 

交通事故Q&Aの関連記事