搭乗者傷害保険金は賠償金から差し引かれるのでしょうか?

搭乗者傷害保険とは?

 一般的に,自動車保険では,特約の一つとして搭乗者傷害保険をオプションで付けることができます。

 搭乗者傷害保険は,搭乗中の者が死傷した場合に定額を補償する傷害保険の一つです。

 賠償責任保険ではなく,傷害保険という性質では人身傷害保険と共通していますが,搭乗者傷害保険が定額補償であある点で,治療費,慰謝料,休業損害,逸失利益などの実損補償を目的とする人身傷害保険とは異なります。

 搭乗者傷害保険が支払われた場合に,保険会社が被害者に代位して加害者に請求を行う約款の規定はありません。

 一方,人身傷害保険が支払われた場合には,保険会社が被害者に代位して加害者に請求を行う約款の規定があります。

搭乗者傷害保険は賠償額から控除されません

 搭乗者が死亡したような場合,搭乗者傷害保険から支払われる保険金は1,000万円を超えるような高額になることもあります。

 しかしながら,搭乗者傷害保険金を受領しても,加害者からの損害賠償から控除されないというのが判例(最二小判平成7年1月30日民集49巻1号211頁)の見解です。

 判例は,搭乗者傷害保険は被保険者が被った損害を填補する性質を有するものではなく,定額の保険金を給付することによって搭乗者を保護しようとするものだとして,損害額からの控除を否定しました。

最二小判平成7年1月30日民集49巻1号211頁


 原審の適法に確定した事実によれば、(1) 本件保険契約は、被上告人D運転の前記自動車を被保険自動車とし、保険契約者(同被上告人)が被保険自動車の使用等に起因して法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害をてん補するとともに、保険会社が本件条項に基づく死亡保険金として一〇〇〇万円を給付することを内容とするものであるが、(2) 本件保険契約の細目を定めた保険約款によれば、本件条項は、被保険自動車に搭乗中の者を被保険者とし、被保険者が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然の外来の事故によって傷害を受け、その直接の結果として事故発生の日から一八〇日以内に死亡したときは、保険会社は被保険者の相続人に対して前記死亡保険金の全額を支払う旨を定め、また、保険会社は、右保険金を支払った場合でも、被保険者の相続人が第三者に対して有する損害賠償請求権を代位取得しない旨の定めがある、というのである。
 このような本件条項に基づく死亡保険金は、被保険者が被った損害をてん補する性質を有するものではないというべきである。けだし、本件条項は、保険契約者及びその家族、知人等が被保険自動車に搭乗する機会が多いことにかんがみ、右の搭乗者又はその相続人に定額の保険金を給付することによって、これらの者を保護しようとするものと解するのが相当だからである。そうすると、本件条項に基づく死亡保険金を右被保険者の相続人である上告人らの損害額から控除することはできないというべきである。


慰謝料減額事由として斟酌される場合があります

 前述のとおり,搭乗者傷害保険金は損益相殺の対象にはなりません。

 しかし,多くの下級審は,加害者又は加害者側が搭乗者傷害保険の保険料を支払っていた場合(被害者が加害者の同乗者の場合に当てはまる可能性があります)には,慰謝料減額事由として斟酌しています。

 東京高判平成7年4月12日判例タイムズ884号211頁は,加害者のハンドル操作のミスにより車道側のガードパイプに激突して転倒し,同乗の被害者が死亡した事故ですが,慰謝料算定事由として斟酌する理由として,加害者が保険料を負担している場合には搭乗者傷害保険が見舞金の機能を果たし,被害者ないしその遺族の精神的苦痛を一部償う効果をもたらすものと考えられることをその理由として挙げています。

東京高判平成7年4月12日判例タイムズ884号211頁


 搭乗者傷害保険の死亡保険金は、これを搭乗者の損害賠償額から控除することはできないが(最高裁判所平成三年(オ)第一〇三八号平成七年一月三〇日第二小法廷判決参照)、その保険料を加害者または加害者側が負担している場合には、右保険金は見舞金としての機能を果たし被害者ないしその遺族の精神的苦痛の一部を償う効果をもたらすものと考えられるから、これを被害者またはその相続人の慰謝料の算定にあたって斟酌するのが、衡平の観念に照らして相当というべきである。


 一方,搭乗者傷害保険金を慰謝料で斟酌することを否定した事例としては,未だ被害者側が搭乗者傷害保険を受領していない事例(東京地判平成7年12月27日交通事故民事裁判例集28巻6号1884頁),運転者の過失が大きい事故の経緯に照らして否定した事例(名古屋地判平成13年9月7日交通事故民事裁判例集34巻5号1244頁),レンタカー利用では加害者が保険料を負担したとは認められないとした事例(東京地判平成15年9月3日交通事故民事裁判例集36巻5号1208頁)などがあります。

斟酌される場合の減額は?

 一律にどの程度斟酌するかの明確な基準はなく,裁判例でも,事案ごとに事情を総合考慮して判断されています。

 とはいえ,東京高判平成7年4月12日判例タイムズ884号211頁で,1,000万円の搭乗者傷害保険金を受領しても,原審認定の1,800万円の慰謝料から1,500万円になり,搭乗者傷害保険金の一部の300万円だけ減額されていることからすると,慰謝料の斟酌で搭乗者傷害保険金の全額が減額されるとは考えにくく,減額は一部分にとどまるように思います。

 

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