加害者のせいで怪我をしたのに自分の健康保険を使うのは気分が悪いので、自由診療で治療を受けたいと思うのですが、都合が悪いでしょうか?

保険診療と自由診療

Q病院で健康保険は使えないといわれましたが,交通事故の治療では社会保険は使えないのでしょうか?」でも解説したように,交通事故にあい,病院で診察を受けた場合,受けられる診療には,①保険のきかない自由診療による場合と,②保険診療での治療を受ける場合があり,どちらを選ぶかは患者である本人が決めることができます。そして,①の自由診療,②の保険診療のどちらを選んだ場合であっても,診療にかかった費用や治療費については,交通事故の過失割合に応じて,事故の相手方である加害者に対しても,負担を求めていくことになります。

 交通事故の被害者側の視点にたつと,診療にかかった費用は,自由診療でも保険診療でも,いずれにしても交通事故の相手方である加害者の自賠責保険に請求できるので,自分の健康保険を使用することに抵抗を感じる方もいるかもしれません。

自由診療にした場合

 しかし,診療内容を点数に置き換えたうえで,対価関係を示した目安についてみると,健保診療だと診療単価が1点10円なのに対して,自由診療は基本的に医療機関が自由に診療単価を決めることができ,1点10~30円とされる場合が多いのです。
 この違いは,交通事故で被害者側にも過失が認められた場合には大きな意味を持ちます。
 例えば,交通事故の過失割合が,被害者が3で加害者7とされたとします。ここで,1点30円の病院で自由診療を受け,300万円の治療費がかかったと仮定しましょう。

 一般的な順序としては,まずは保険会社が病院にかかった治療費の全額を支払ってくれます(一括対応)。しかし,最終的に賠償金を確定する場面では全損害の合計に,過失相殺した残額,つまり被害者側にも過失があるとされて差引された金額から既に支払った全額を差し引くので,結局300万円の3割分である90万円は被害者が負担することになります。

 つまり,この90万円は,本来被害者が自分で支払うべき金額を保険会社が立て替えて病院に支払っていたので,保険会社としては,その90万円は慰謝料などの他の損害に支払ったものとして扱う,ということになります。

保険診療にした場合

 仮に,上記の例で健康保険を使っていた場合は,1点10円で100万円の治療費で済んだことになります。

 健康保険の多くの場合,患者の負担は3割とされているので,病院は治療費100万円のうち7割分である70万円を健康保険に,3割分である30万円を保険会社に請求して,保険会社がこれを支払うという関係になります。

 そして,健康保険は,健康保険が支払った分から被害者の過失分を差し引いた金額だけ保険会社に請求(「求償(きゅうしょう)」するのが一般的です。

 具体的にみると,まず,健康保険は70万円から被害者の過失分である3割分の21万円を差し引いた49万円を保険会社に請求します。そして保険会社はこれを支払い,病院に直接支払った30万円と健保の求償に対して支払った49万円の,計79万円を保険会社が支払うということになります。

 これを被害者側の視点から見ると,100万円の治療費のうち,保険会社が支払わなければならなかったのは加害者過失7割分の70万円分ですが,既に79万円支払っているため,必要以上に支払っていた9万円が賠償額確定の場面で他の損害に既に支払ったものとして考慮されます。したがって,治療費のうちの被害者負担額は9万円になります。

自由診療と保険診療の差

 このように比較してみると,自由診療での被害者負担額が90万円であったことからすれば,保険診療ではずいぶんと被害者負担額が減ったということが言えるでしょう。この差は,被害者の過失割合が大きいほど顕著な差が出てきます。
 そしてこのことは,被害者が受け取る賠償額に影響します。つまり,被害者に過失がある場合で,かつ健康保険を使わず自由診療で診療を受けた場合には,結果として被害者が受け取る賠償額が減る可能性があるのです。

 また,高額な自由診療報酬の場合,訴訟等で争いになると,全額が損害として認められない可能性もあります。

 東京地判平成25年8月6日(平成23年(ワ)第12078号)は,医師には治療内容の裁量はあるが,治療費算定の裁量はないと述べた上で,

  1. 一般的な治療の域を出るものではなく,健康保険に基づく治療の範囲により実施することも十分可能。
  2. 保険診療の単価を修正すべき(合理的な)事情もうかがわれない。

 との判断を示して,被告が賠償すべき事故と相当因果関係にある治療費の額を健康保険の単価の1点10円によって算定される範囲に限定しました。

 診療報酬単価の実務上の目安としては,医療機関を拘束するものではありませんが,平成元年に日本医師会と損保業界との間で成立した診療報酬基準についての合意があり,当該基準では薬剤等については1点12円,その他の技術料については+20%の1点14.4円が上限とされてます。

 東京地裁平成25年判決の判断のように,一律1点10円を超える診療報酬が否定されるとまではいえないとしても,上記目安の1点14.4円を超えるような自由診療報酬については,実務上,損害として認められない可能性があります。

 以上のとおり,健康保険の被害者負担額の問題だけでなく,高額な自由診療報酬が否定される可能性も考えると,被害者が健康保険を使わないで自由診療を行うことのメリットはほとんどない(但し,健康保険使用ではリハビリが原則150日に制限される点には注意が必要です)と言ってよいでしょう。

 加害者のせいで交通事故にあったのに自分の健康保険を使うのは気が悪いという気持ちもあるかもしれませんが,長い目で見て,健康保険による診療を受けるようにすることをお勧めします。

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