被害者に過失があっても治療費の自己負担はない?労災保険を使うメリットとは?

交通事故に遭いケガをしたときは,加害者側の保険会社と交渉して治療をすすめるのが一般的です。

しかし,労災適用の条件に該当すれば,労働者災害補償保険(以下「労災保険」といいます)を使うことも可能です。

労災保険を使うメリットは,過失割合の影響を受けない点,支払限度額がない点をはじめとして,いくつか挙げられます。

ここでは交通事故で労災保険を使うメリットについて,わかりやすく解説します。

労災保険とは

労災保険とは正式名称を労働者災害補償保険といい,業務上の事由又は通勤による労働者の負傷,疾病,障害,死亡等に対して保険給付(治療の現物給付や治療費等の給付)を行う制度です(労働者災害補償保険法第1条)。

被害者が,業務中や通勤途中で交通事故に遭った場合には,労災保険を利用することができます。アルバイトやパートでも労災の対象になりますが,個人事業主や会社役員(一部例外あり)は対象となりません。

交通事故で労災保険を利用するときには,第三者行為災害届を事業所を管轄する労働基準監督署に提出する必要があります。

労災保険と健康保険の関係では,労災保険の利用が優先されます。労災保険が利用できる場合には,健康保険は利用することができません(健康保険法55条1項)。誤って健康保険を利用していた場合,労災保険への切り替えの手続きが必要になります。

交通事故で労災が使えるケース

具体的には,以下のようなケースで労災保険を使うことができます。

通勤災害

通勤災害とは,通勤時に負った負傷や疾病,障害のことをいいます。

通勤時とは,以下のようなケースです。

  • 住居と就業場所との間の往復
  • 事業所間の移動
  • 単身赴任者の赴任先住居と帰省先住居との間の移動

移動は,合理的な経路および方法で行う必要があります。

したがって,通常のルートで通勤した場合は労災が適用されますが,飲食店や友人宅に立ち寄るために通常のルートを使わなかった場合は労災の適用はありません。通常のルート上であっても,飲食店に立ち寄った時点以降は,原則として通勤とは認められません。
ただし,日用品の購入や病院での診察など,日常生活上必要な行為をやむを得ない事由により最小限度の範囲で行う場合には,その立ち寄りの間を除き,通常のルートに戻った後は再び通勤と認められます(労災保険法7条3項ただし書)。

業務災害

業務災害とは業務を行っている時に負った負傷や疾病,障害のことです。

業務を行っている時とは,以下のようなケースです。

  • 業務時間内
  • 業務時間内の休憩中
  • 出張中

業務遂行性(労働者として事業主の支配・管理下にあること),業務起因性(業務と疾病等の間に一定の因果関係があること)が認められる必要があります。

したがって,業務時間内の休憩中であっても(業務遂行性は認められる),業務に関係ない自家用自動車の運転による事故は労災とは認められません(業務起因性が認められない)。

労災を使うメリット

病院での窓口負担がない

労災保険で診療を受ける場合,健康保険と異なり,病院での窓口負担はありません。
したがって,金銭的な問題を気にせずに安心して治療を受けることが可能です。

労災指定病院で治療を受ける場合,療養給付の現物支給として,当該病院において無料で治療を受けることができます。労災指定病院以外で治療を受ける場合には治療費を一旦立て替える必要はありますが,療養の費用として,労働基準監督署から全額の支給を受けることができます。

被害者の過失部分について治療費の自己負担がない

労災保険を利用するかどうかは自由に選択できますが,被害者の過失の大きい事故の場合には,利用せずに自由診療で治療する場合と比べて大きなメリットがあります。

労災保険で治療を受ける場合,被害者の過失割合が大きいケースでも,後述する「費目間流用の禁止」ルールにより,被害者の過失部分について治療費の自己負担が生ずることはありません。

任意保険の一括対応(保険会社から医療機関へ直接医療費を支払うサービス)を受ける場合,保険会社から医療機関へ支払われる医療費のうち,被害者の過失に応じた部分は,本来加害者が負担する義務がないものです。

そのため,例えば保険会社から病院へ支払われた医療費の総額が100万円,被害者の過失が30%であれば,示談の際に30万円が慰謝料等の他の賠償金から差し引かれることになります。
被害者の過失部分について治療費の自己負担がない点も,労災保険利用の大きなメリットです。

支払限度額がない

労災保険で治療を受ける場合,受ける治療費の制限がありません。

他方,自賠責保険による傷害補償では120万円の限度額がありますから,大きなメリットのひとつです。

休業損害・補償を多く受けることができる

労災保険では,療養のため労働できない場合,賃金を受けない日の4日目から休業期間について,給付基礎日額の60%が休業(補償)給付として支給されます。

その上で,社会復帰促進等事業の一環として,給付基礎日額の20%にあたる休業特別支給金を受け取ることができます。

有給休暇を取得して賃金を受け取った場合,休業補償給付や休業特別支給金の支給はありません。

加害者に休業損害を請求する際には,既に受け取った休業補償給付については差し引く必要がありますが,休業特別支給金は差し引かなくてもよいとされています。

例えば被害者の過失が0の場合,休業(補償)給付から60%の額,加害者から40%の額,休業特別支給金から20%の額を受け取ることで,休業損害の額と比較すると120%の金額を獲得することができます。

20%も多くの休業損害・補償を受けることができるわけです。また,休業特別支給金のほか,後遺障害が残存したときに支給される障害特別支給金も,賠償額から差し引かれません。

費目間流用禁止ルールが被害者にとって有利

費目間の流用を禁止するルール

労災保険の損益相殺に関し,最三小判昭和52年10月25日民集31巻6号836頁が,「同一の事由については、その価額の限度において民法による損害賠償の責を免れる」と判断しました。

そして,「同一の事由」の解釈に関し,最二小判昭和62年7月10日民集41巻5号1202頁は,「保険給付の趣旨目的と民事上の損害賠償のそれとが一致すること、すなわち、保険給付の対象となる損害と民事上の損害賠償の対象となる損害とが同性質であり、保険給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にある場合をいう」とし,休業補償給付等と同一の事由の関係にあるのは消極損害のみで,積極損害や慰謝料は同一の事由に当てはまらず,そこから控除できないと判断しました。

このように,労災保険の損益相殺の場面では,費目間の流用が禁止されています。
労災保険給付と損害賠償の費目の間で対応関係に立つものを整理すると,以下のようになります。

損害賠償の費目 労災保険給付の種類
治療関係費 療養(補償)給付
休業損害・逸失利益 休業(補償)給付,傷病(補償)年金,障害(補償)給付
死亡逸失利益 遺族(補償)給付
介護費,将来介護費 介護(補償)給付
葬儀費用 葬祭料,葬祭給付
最二小判昭和62年7月10日民集41巻5号1202頁

保険給付と損害賠償とが「同一の事由」の関係にあるとは、保険給付の趣旨目的と民事上の損害賠償のそれとが一致すること、すなわち、保険給付の対象となる損害と民事上の損害賠償の対象となる損害とが同性質であり、保険給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にある場合をいうものと解すべきであつて、単に同一の事故から生じた損害であることをいうものではない。

そして、民事上の損害賠償の対象となる損害のうち、労災保険法による休業補償給付及び傷病補償年金並びに厚生年金保険法による障害年金が対象とする損害と同性質であり、したがつて、その間で前示の同一の事由の関係にあることを肯定することができるのは、財産的損害のうちの消極損害(いわゆる逸失利益)のみであつて、財産的損害のうちの積極損害(入院雑費、付添看護費はこれに含まれる。)及び精神的損害(慰藉料)は右の保険給付が対象とする損害とは同性質であるとはいえないものというべきである。したがつて、右の保険給付が現に認定された消極損害の額を上回るとしても、当該超過分を財産的損害のうちの積極損害や精神的損害(慰藉料)を填補するものとして、右給付額をこれらとの関係で控除することは許されないものというべきである。


損益相殺と過失相殺の先後

被害者に過失がある場合に,損害額から給付額を控除してから過失相殺する控除後相殺説と,過失相殺してから給付額を控除する控除前相殺説の争いについて,最三小判平成元年4月11日民集43巻4号209頁は,控除前相殺説を採ることを明らかにしました。

最三小判平成元年4月11日民集43巻4号209頁

労働者災害補償保険法(以下「法」という。)に基づく保険給付の原因となつた事故が第三者の行為により惹起され、第三者が右行為によつて生じた損害につき賠償責任を負う場合において、右事故により被害を受けた労働者に過失があるため損害賠償額を定めるにつきこれを一定の割合で斟酌すべきときは、保険給付の原因となつた事由と同一の事由による損害の賠償額を算定するには、右損害の額から過失割合による減額をし、その残額から右保険給付の価額を控除する方法によるのが相当である(最高裁昭和五一年(オ)第一〇八九号同五五年一二月一八日第一小法廷判決・民集三四巻七号八八八頁参照)。


具体的事例の検討

前述の判例の費目間の流用禁止ルールと控除前相殺説の処理を具体的事例に当てはめて考えてみます。

まずは控除前相殺説に従って過失相殺を行い,その後に,費目間の流用禁止ルールに従って費目ごとに労災給付金を控除します。

(事例の概要)

過失割合:加害者の過失70% 被害者の過失30%

 損  害:治療費100万円,休業損害100万円,慰謝料100万円

 労災給付:療養給付100万円,休業補償給付60万円

①加害者に請求できる治療費 0円

 過失相殺:100万円×0.7=70万円

 損益相殺:70万円-100万円=-30万円

 ※費目間の流用が禁止されているため,差し引きマイナスとなった30万円が他の費目から控除されることはありません。

②加害者に請求できる休業損害 10万円

 過失相殺:100万円×0.7=70万円

 損益相殺:70万円-60万円=10万円

③加害者に請求できる慰謝料 70万円

 過失相殺:100万円×0.7=70万円

 損益相殺:70万円-0円=70万円

※慰謝料は労災保険支給対象外なので,差し引かれる給付はありません。

④合計額

労災保険給付額160万円+加害者に請求できる損害額80万円=240万円

仮に労災保険を利用せず,任意保険会社の一括対応で自由診療による治療をしていた場合は,300万円の過失相殺後の金額210万円が獲得可能な金額です。労災保険を利用した場合と比べ,30万円も少ないことがわかります。

このように被害者に過失がある場合,労災保険の利用には大きなメリットがあります。

まとめ

労災の適用条件に当てはまれば,交通事故で労災保険を使用することができます。

労災には賠償額から控除する必要がない特別支給金制度があるだけでなく,被害者に過失がある場合でも,被害者の過失部分についての治療費の自己負担が生じないという大きなメリットがあります。

交通事故に注力している弁護士であれば,労災保険を利用するメリットについて適切に説明し,被害者にとって有益なアドバイスをすることが可能です。

どうぞお気軽にご相談ください。

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