雇用保険給付と損益相殺
事故が原因の受傷で失業して,雇用保険の失業給付や技能習得手当を受け取っている場合,その給付や手当は賠償金から差し引かれるのでしょうか。
最高裁の判例はありませんが,下級審裁判例では,以下のような理由から,雇用保険給付について損害額からの控除が否定されてます。
①加害者に対して失業給付の償還を求める代位規定がない(神戸地判 昭和45年11月18日下級裁判所民事裁判例集21巻11~12号1439頁)
②失業した被保険者の生活の安定を図る社会保障制度の一種であり,失業による被保険者の損害の填補を目的とするものではない(東京地判昭和47年8月28日判例タイムズ285号179頁)
失業給付以外にも,国立職業リハビリテーションセンターの訓練手当(職業転換給付金)について,給与や損害填補としての性格を持たないとして控除を否定した裁判例(東京地判昭和63年11月24日交通事故民事裁判例集12巻6号1210頁)があります。
神戸地判 昭和45年11月18日下級裁判所民事裁判例集21巻11~12号1439頁
被告は、原告が昭和四四年七月一七日から同年一一月一五日までの間に受領した失業保険金一七万三〇三〇円につき損益相殺をなすべき旨主張するけれども、失業保険は政府管掌のもとに、被保険者及び被保険者を雇用する事業主の支払う保険料と国の負担する給付費用により運用されているものであり、かつ失業保険法には失業が第三者の加害行為に起因する場合において政府が加害者に対して保険給付額の償還を求めうる規定は存しないから、原告の受領した右の失業保険金を損害賠償の義務者である被告の利益のために損益相殺することは正当でないと解する。
東京地判昭和47年8月28日判例タイムズ285号179頁
(三) 損害の填補
被告らは、先の認定に係る原告◯の受領した失業保険金五七万二、六二〇円および職業訓練受講に伴う諸手当一一万七、四一五円、合計六九万〇、〇三五円を同原告の逸失利益の賠償額から控除すべきである、と主張する。
思うに、失業保険が、事実上、失業による被保険者の損害を軽減する作用を有することは、否定しえないところであるが、法律上は、失業した被保険者の生活の安定を図る(失業保険法一条参照)社会保障制度の一種であり、その支給される保険金の日額も、具体的な損害の有無、程度のいかんを問わず、当該被保険者の賃金日額の六〇パーセントを基準とし、しかも、その最高額が一、四〇〇円(昭和四五年八月一日以降は改正によし、一、八〇〇円)におさえられている(同法一七条参照)ことからみて、それは、失業による被保険者の損害の填補を目的とするものではないというべく、また、技能習得手当も、失業保険制度の一環として、失業保険金の受給資格者が公共職業安定所の指示した公共職業訓練を受ける場合に支給される(同法二五条参照)ものであって、失業保険金と全く同一趣旨の給付金である。
それ故、被告らの右抗弁は、失業保険金等の給付原因が本件事故と相当因果関係に立つかどうかの点を審究するまでもなく、採用に由ないものというほかはない。
東京地判昭和63年11月24日交通事故民事裁判例集12巻6号1210頁
原告◯が国立職業リハビリテーションセンターにおいて訓練期間中支給を受けた訓練手当合計金一三〇万四五六〇円(原告◯が右支給を受けた事実は当事者間に争いがない。)は、国立職業リハビリテーションセンターに対する調査嘱託の結果(六三職リハ収第一三七号)によれば、雇用対策法一三条に基づき支給された職業転換給付金であると認められるところ、同条によれば、職業転換給付金は、国及び都道府県が労働者がその有する能力に適合する職業につくことを容易にし、かつ、促進することを目的として求職者等に対して支給するものであって、給与としての性格を有せず、また損害填補の性格も有しないから、これを原告◯の損害賠償額から控除すべきではなく、被告△のこの点に関する損益相殺の主張は理由がないものといわなければならない。