名古屋地判平成11年10月22日交通事故民事裁判例集32巻5号1612頁
争点
結婚を前提に交際していた者について近親者慰謝料が認められるかが争点となりました。
判決文抜粋
しかし、甲第一一ないし第一四号証、原告□及び原告△の各本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、亡◯は平成二年に専門学校を卒業して一時医療機関に勤務したもののまもなく退職し、本件事故当時は無職であり、調理師免許を取得して両親の経営する居酒屋から月額八万円の給料の支払いを得ていたものの、勤務時間も定まっておらず、同居の家族として夜間の忙しい時に数時間手伝いをするという程度の働きであったこと、原告△と結婚を前提に四年間ほど交際していたものの、未だ同居もしておらず、本件事故当時、亡◯の父である原告早川政清は結婚に反対しており、結婚の日取り等につき具体的な計画はなかったことが認められ、これらに照らすと、亡◯について同年齢の賃金センサスによって逸失利益を算出するのは相当ではなく、死亡した平成八年の高専・短大卒賃金センサスによる平均年収三六三万五一〇〇円の三分の一にあたる一二一万一七〇〇円をもって逸失利益算出の基礎とするのが相当である。そこで、生活費控除割合を三〇パーセント、労働可能期間六七歳まで四〇年間の新ホフマン係数二一・六四三とすると、逸失利益は一八三五万七三七六円となる。
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3 亡◯死亡による慰謝料(請求額三〇〇万円) 零円
原告△は、平成八年一〇月末日に結婚予定であった婚約者である亡◯の死亡により精神的苦痛を被ったとして損害賠償を請求するが、前記認定のとおり、本件事故当時、原告△と亡◯とが結婚を前提に交際していたことは認められるものの、亡◯の父親の反対もあって結婚は長く具体化しておらず、未だ同居もしていなかったと認められる。そうすると、原告△と亡◯との関係を配偶者又はこれと同視し得る関係と見ることはできず、したがって、亡◯死亡による原告△の精神的苦痛につき第三者に対して損害賠償を請求することもできないとするのが相当である。
解説
判例(最三小判昭和49年12月17日民集28巻10号2040頁)は,文言上民法711条に該当しない者であつても,「被害者との間に同条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係」があり,被害者の死亡により「甚大な精神的苦痛を受けた」者は,民法711条の類推適用によりって加害者に対し直接に固有の慰藉料を請求しうると判断して,被害者の実妹に近親者固有の慰謝料を認めました。
判例を受けて,裁判例では,父母,配偶者,子に類似する者(兄弟姉妹,祖父母,内縁の妻等)についても,被害者との関係が特に深い場合には,近親者固有の慰謝料請求が認められています。
近親者慰謝料について論じた文献としては,磯尾俊明裁判官の講演録「被害者死亡の場合における近親者固有の慰謝料(民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準(通称「赤い本」)平成29年版下巻8頁)」がありますが,当該講演録では,同居を開始し,内縁と評価しうるような場合は別として,基本的には,婚約者は「民法711条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係」があるとは認められないと指摘されています。
本判決は,原告が被害者と結婚を前提に交際していたことは認められるものの,父親の反対もあって結婚が長く具体化しておらず,未だ同居もしていなかったことから,配偶者又はこれと同視し得る関係と見ることはできないとして慰謝料を認めませんでした。
父親の反対もあって結婚が長く具体化していないと認定していることから,原告と被害者との間にはたして婚約が成立していたかどうかは不明ですが,少なくとも,結婚を前提とした交際関係があったとしても,それだけでは近親者慰謝料は認められないと判断したことは読み取ることができます。
本判決は,結婚を前提とした交際関係があるけれども,内縁関係までには至らない者に関する近親者慰謝料についての判断を示した事例の一つとして参考になると思われます。