東京高判平成25年3月14日判例タイムズ1392号203頁
争点
被害者が一時金による損害の賠償を求めたのに対し,将来介護費用について定期金賠償を命じた第1審の判断が争点となりました。
判決文抜粋
(2) 控訴人らは,控訴人太郎の将来の介護費用について定期金賠償方式によることは誤りである旨主張する。
しかし,控訴人太郎の後遺障害の内容や程度等に照らすと,現時点で控訴人太郎の余命について的確に予想することが困難であることは前示(原判決引用部分)のとおりであることに加え,交通事故の被害者が事故のために介護を要する状態になった後に死亡した場合には,死亡後の期間に係る介護費用を交通事故による損害として請求することはできないことに鑑みると,本件において,平均余命を前提として一時金に還元して介護費用を賠償させた場合には,賠償額に看過できない過多あるいは過小を生じ,かえって当事者間の公平を著しく欠く結果を招く危険があることが想定されるから,このような危険を回避するため,余命期間にわたり継続して必要となる介護費用を,現実損害の性格に即して現実の生存期間にわたって定期的に支弁して賠償する定期金賠償方式を採用することは,合理的であるといえる。そして,控訴人太郎に対して賠償金の支払をするのは事実上は被控訴人保険会社であって,その企業規模等に照らし,将来にわたって履行が確保できているといえることからすると,控訴人花子や控訴人次郎が,金銭の授受を含む法的紛争を速やかに終了させて,控訴人太郎の介護に専念したいという強い意向を有し,定期金賠償方式による賠償を全く望んでいないという事情を考慮しても,本件において,定期金賠償方式を採用することが不相当であるとはいえず,むしろ,定期金賠償方式を採用するのが相当というべきである。なお,一時金賠償方式による将来の介護費用の支払を求める請求に対し,判決において,定期金賠償方式による支払を命じることは,損害金の支払方法の違いがあることにとどまっていて,当事者の求めた請求の範囲内と解されるから,処分権主義に反しない。
したがって,控訴人らの主張は採用できない。
解説
本件は第1審原告が希望していなかった定期金賠償が第一審判決で認められて控訴された事案ですが,東京高裁は,以下の理由を挙げて,定期金賠償を命じた東京地裁平成24年10月11日判例タイムズ1386号265頁の判断を是認しました。
- 後遺障害の内容や程度等に照らすと,現時点で被害者の余命について的確に予想することが困難である。
- 交通事故の被害者が事故のために介護を要する状態になった後に死亡した場合には,死亡後の期間に係る介護費用を交通事故による損害として請求することはできないことに鑑みると,本件において,平均余命を前提として一時金に還元して介護費用を賠償させた場合には,賠償額に看過できない過多あるいは過小を生じ,かえって当事者間の公平を著しく欠く結果を招く危険があることが想定されるから,このような危険を回避するため,余命期間にわたり継続して必要となる介護費用を,現実損害の性格に即して現実の生存期間にわたって定期的に支弁して賠償する定期金賠償方式を採用することは合理的である。
- 被害者に対して賠償金の支払をするのは事実上は保険会社であって,その企業規模等に照らし,将来にわたって履行が確保できているといえることからすると,被害者の親族らが,金銭の授受を含む法的紛争を速やかに終了させて,被害者の介護に専念したいという強い意向を有し,定期金賠償方式による賠償を全く望んでいないという事情を考慮しても,本件において,定期金賠償方式を採用することが不相当であるとはいえない。
- 一時金賠償方式による将来の介護費用の支払を求める請求に対し,判決において,定期金賠償方式による支払を命じることは,損害金の支払方法の違いがあることにとどまっていて,当事者の求めた請求の範囲内と解されるから,処分権主義に反しない。
将来介護費に関する定期金賠償が認められるかどうかについては,従来から問題とされてきたところですが,最二小判昭62年2月6日裁判集民150号75頁が「損害賠償請求権者が訴訟上一時金による賠償の支払を求める旨の申立をしている場合に、定期金による支払を命ずる判決をすることはできないものと解するのが相当である」と判断したことで,実務的には一時期決着がついていました。
しかし,平成8年民事訴訟法の改正により,同法117条で「口頭弁論終結前に生じた損害につき定期金による賠償を命じた確定判決について、口頭弁論終結後に、後遺障害の程度、賃金水準その他の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合には、その判決の変更を求める訴えを提起することができる。」と定められ,著しい事情変更があった場合に定期金賠償判決の内容を変更する訴えを提起することが明示的に認められたことや,死亡後の将来介護費用を否定した判例(最一小判平成11年12月20日民集53巻9号2038頁)が出たことにより,定期金賠償を認める裁判例が出てくるようになりました(東京高判平成15年7月29日判例時報1838号69頁等)。
本判決の判決文中で「交通事故の被害者が事故のために介護を要する状態になった後に死亡した場合には,死亡後の期間に係る介護費用を交通事故による損害として請求することはできないことに鑑みると(上記理由2)」と判示されていることから,最高裁平成11年判決を意識していることが伺われます。
また,本判決は支払い方法の違いだとして「処分権主義に反しない(上記理由4)」と判示しています。判決文では最高裁昭和62年判決に触れられていませんが,同判決と抵触していないことが前提になっていると思われます。
最高裁昭和62年判決の担当調査官の解説(民集掲載判例ではないため,最高裁判所判例解説に調査官の解説は掲載されませんが,代わりにジュリスト890号56頁に瀬戸正調査官の解説が掲載されました)で,「担保供与及び変更判決の制度のない我が国では,定期金方式の採用には慎重でなければならず,少なくとも原告からの定期金方式によるべき旨の申立のない場合には,定期金方式を採用することはできないとの考え方によるものと思われる」とされてるように,処分権主義ではなく変更判決制度が整備されているかどうかの問題で,平成8年民事訴訟法改正によって解決済みだと考えたのではないでしょうか。
本判決は,将来にわたって履行が確保できている等の条件の下で,裁判所が裁量により,定期金賠償による支払を命じることを是認した高裁判決として参考になると思われます。