事故後の扶養家族の死亡が生活費控除率の算定において考慮されなかった事例

大阪地判平成平成17年4月1日交通事故民事裁判例集38巻2号558頁

争点

 交通事故で死亡した主婦が病気の夫を扶養していたところ,事故後に夫が死亡したという事情が生活費控除率の算定において考慮されるかが争点となりました。

判決文抜粋


(5) 死亡逸失利益
 ア 証拠及び弁論の全趣旨によれば,亡◯は死亡時59歳であったこと,平成14年の収入が207万円,事故前の平成13年12月から平成14年2月までの3か月間の給与は合計35万4322円であったが,家事をこなすと共にその収入で家計を支える兼業主婦であったこと,亡◯の子らは二名とも既に結婚し独立していることが認められる。
 イ これらの事実によれば,逸失利益を算定するにあたっては,基礎収入を平成15年度賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計女子労働者の全年齢平均賃金である年349万0300円とし,生活費控除率を30パーセントと認めるのが相当である。
 ウ 証拠によれば,夫△は平成16年8月2日死亡したことが認められる。
 被告は,本件事故後,亡◯が扶養していた夫△は死亡したから,生活費控除率を少なくとも50パーセントにすべきと主張するが,同人の死亡は本件事故と相当因果関係にあるとは認められず,同人の生活費の支出を免れたことは,損害の原因と同一原因により生じたものとはいえないから,損益相殺の法理又はその類推適用により控除すべき損失と利得との関係あるとはいえず,逸失利益を算定するに当たって考慮すべき事情にあたらないと解するのが相当である。
 エ 以上を前提に,就労可能年数を14年とし,ライプニッツ方式により年5パーセントの中間利息を控除すると,下記の計算により,逸失利益の額は2418万4358円となる。
     349万0300円×(1-30%)×9.8986


解説

 交通事故によって被害者が死亡した場合,生存していればかかったはずの生活費の支出を免れていますので,損益相殺の法理に基づいて,被害者死亡の生活費は死亡逸失利益から控除されます。

 そして,生活費については,被害者の性別,扶養家族の有無・人数に応じて,収入額に対する一定割合(生活費控除率)を控除します。

 本件は,死亡事故後に扶養家族であった夫が死亡した事情が,生活費控除率の算定において考慮されるかが争点となった事例です。

 本判決は,夫の死亡が事故と相当因果関係がないことから,損害の原因と同一原因によって生じたものとはいえないから,損益相殺により控除すべき損害と利得の関係にあるとはいえず,逸失利益を算定するにあたって考慮すべき事情にあたらないという判断をしました。

 この点,事故と無関係の原因で死亡した事案の就労可能年数について,判例(最一小判平成8年4月25日民集50巻5号1221頁)は,交通事故時点で死亡の原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り,就労可能期間の認定において考慮すべきでないと判断しており,現実の死亡までの期間で就労可能年数を認定する「切断説」を取らず,67歳までとする「継続説」を採用しています。

 そして,この「継続説的な考え方にによれば,あくまで事故当時の被扶養者の数を基準に決めるべきである(北河隆之『交通事故損害賠償法(第2版)220頁,弘文堂2016年6月15日)」ということになります。

 一方,村山浩昭裁判官の講演「事故後の親族関係の異動と生活費控除率等への影響」(民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準(通称「赤い本」)平成14年版下巻収録)のように,現実に被扶養者に変動が生じた場合にそれを考慮しなければ,「賠償を受ける側に根拠のない利得を与えることになり,妥当とはいえない」という指摘もあります。

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