大阪地裁におけるむち打ち症(14級9号)に関する近年の労働能力喪失年数の認定傾向

むち打ち症(14級9号)の労働能力喪失年数の目安

 大阪地裁の基準をまとめた「交通事故損害賠償額算定のしおり(通称「緑のしおり」)」では,いわゆるむち打ち症の場合には,19訂版以前では14級9号の労働能力喪失年数の一応の目安が2~5年,20訂版(令和2年3月発行)でも3~5年とされています。

 これらの労働能力喪失年数の目安を根拠にして,保険会社が大阪地裁管轄事件の示談交渉で5年の労働能力喪失年数を認めようとしないことがあります。

 しかし,東京地裁の基準をまとめた「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準(通称「赤い本」)」で,むち打ち症14級9号の労働能力喪失年数の目安が5年とされていることや,「交通事故損害額算定基準(通称「青本」)」において,最近の裁判例では14級該当については5年の労働能力喪失年数を認めた例が多いと解説されていることからしますと,大阪地裁の基準において,たとえ2~5年(20訂版は3~5年)といった幅のある労働能力喪失年数が目安として示されていても,2年,3年,4年,5年で満遍なく認定されているとは考えにくいところです。

 このコラムでは,大阪地裁における,むち打ち症(14級9号)に関する労働能力喪失年数の認定傾向を明らかにすることを目的として裁判例の分析を行うこととしました。

むち打ち症(14級9号)に関する労働能力喪失年数の認定傾向

 むち打ち症とは頚部外傷の局所症状の総称を意味しますが,症状や発症原因の共通性から,腰椎捻挫についても同様の基準が当てはまると考えられています。

 そこで,判例データベースで「自賠法」and「14級9号」and(「頚椎捻挫」or「腰椎捻挫」)のキーワードで大阪地裁における過去5年(コラム執筆時2020年5月29日からさかのぼって5年)の裁判例を絞り込みました。

 そして,検索で絞りこまれた裁判例の中から,むち打ち症事案ではない局部の神経症状の事例を除外し,さらに判決文中で労働能力喪失年数が認定された事例を抽出したところ,全部で25件の裁判例が残りました。

 この25件の裁判例を分析したところ,労働能力喪失年数2年で認定されているものが2件(裁判例①②),3年が3件(裁判例③~⑤),4年が1件(裁判例⑥),5年が18件(裁判例⑦~㉔),7年が1件(裁判例㉕)という結果になりました。

 青本の解説の通り,大阪地裁においても,むち打ち症(14級9号)の労働能力喪失年数の多くが5年で認定されていることがわかりました。

 このコラムの内容は,あくまで1つの判例データベースに掲載された裁判例をキーワードで絞り込んで分析したものですから,検索から漏れたものもあり,実際の認定割合と一致するものでもありません。

 しかし,むち打ち症(14級9号)の労働能力喪失年数の多くが5年で認定されているという傾向自体は読み取ることができますし,判決までいかずに和解で解決した事件も含めますと,労働能力喪失年数5年で認定された事件の割合はもっと大きいのではないでしょうか。

 なぜなら,訴訟事件のうち,判決に至る事件は一部で,多くは訴訟上の和解で解決していますが,原告代理人が5年未満の労働能力喪失年数を前提にした和解案に応じる可能性はそれほど高くないように思われるからです。

 また,5年で認定された裁判例の大部分(18件中15件:⑧⑨,⑪~⑬,⑮~㉔)で,特段の理由も挙げられずに労働能力喪失年数が認定されている一方で,2年~4年で認定された裁判例では具体的な理由が挙げられているものの方が多い(6件中4件:①~④)ことを見ますと,裁判官には労働能力喪失年数5年が標準的であるという意識があるようにも思われます。

 なお,7年で認定された裁判例が1件(㉕)ありますが,口頭弁論終結時において事故から5年以上経過していてもなお疼痛等の症状が残存していることから,例外的に5年を超えた労働能力喪失年数が認定されたものと考えられます。

参考裁判例一覧

労働能力喪失年数2年 2件

① 大阪地判平成28年 4月27日(平26(ワ)10484号)


 上記2のとおり、原告の後遺障害は14級に該当すると評価するのが相当であるところ、上記2のとおり、本件事故による症状が重症であるとはいえないこと、実際に、原告が、本件事故後、平成24年7月25日に職場に復帰し、同年9月は休暇を取得していないこと、原告は、本件事故後、継続して症状を訴え、現在も症状を訴えているものの、これらの症状には、原告の心因的要因が影響している部分が大きいといえ、平成27年12月に京都南病院でMRI上髄液腔の骨棘による圧迫についても、上記2のとおり、本件事故によるものとは認められないことなどを考慮すると、原告の努力によって症状固定後の給与所得が減少していない部分があると考えられることを考慮しても、原告は、本件事故による後遺障害によって、症状固定時から2年間にわたり労働能力を5%制限されたとみるのが相当であり、後遺障害逸失利益は、上記1(13)の平成23年の給与所得を基礎とし、中間利息をライプニッツ方式により控除して得られる97万7685円とするのが相当である〔計算式:1051万6142円×0.05×1.8594〕。


② 大阪地判平成27年10月 9日(平26(ワ)12093号)


 上記第2の2(3)アの事実及び上記第3の1で認定した各事実によれば、原告は、本件事故後、頭痛が発生し、平成26年6月2日の時点まで本件事故による頚部痛が残存したことが認められ、これは神経症状として14級に該当するといえる。ただし、右手の知覚鈍麻、中指、環指を中心とする知覚障害については、本件事故後4か月が経過してから出現した症状であることに照らすと、本件事故によって発症したものと認めることはできない。また、上記1(4)のとおり、原告が、平成27年2月にa社を退職してから、体重を約30kg減量した上、建築関係の会社に現場監督として就職したことに照らすと、原告の後遺障害は症状固定時から2年間程度で消失したと認められ、原告は2年間にわたり、労働能力を5%喪失したと認められる。


労働能力喪失年数3年 3件

③ 大阪地判平成29年12月26日(平28(ワ)9887号)


 原告に併合14級の後遺障害が認められることは,前記ウのとおりであるが,前記(1)クのとおり,原告は,本件事故後,平成27年5月に再就職し,労働の内容や条件が全く同一であるかはともかく,収入もそれほど変化していないと認められる。
 そうすると,労働能力喪失率は,併合14級相当の5%でよいとしても,原告の基礎年収は,本件事故の前年度の収入である金額等欄記載の金額とするのが相当であり(証拠等欄記載の証拠),労働能力喪失率も,3年を限度とするのが相当である。


④ 大阪地判平成28年 3月25日(平26(ワ)3896号)


 ところで、乙14によれば、本件事故当時、被告○は、被告会社の唯一人の取締役であり、その役員報酬は年額1140万円であったこと、他方、被告会社の従業員は6名で、その給与総額は年額約2854万円(平均すると一人約476万円)であったことが認められるところ、被告○の供述によれば、代表者である被告○の業務も、一般の従業員とあまり変わらないというのである。そうすると、被告○が得ていた役員報酬の中には、相当額の利益配当部分が含まれていると推認されるところであり、労務対価部分がその5割を超えることを認めるに足りる証拠はない。
 以上の事実関係の下では、被告○の後遺障害逸失利益は、上記1140万円の5割に当たる570万円を基礎とした上で、その後遺障害の内容・程度に照らし、労働能力喪失率を5%、労働能力喪失期間を3年間として算定するのが相当であり、以下の計算式により77万6112円となる。


⑤ 大阪地判平成27年10月15日(平25(ワ)8536号)


 反訴原告には後遺障害等級表14級9号に該当する後遺障害が認められるところ、その後遺障害は主として頚部痛等の神経症状であることから、労働能力喪失率は5パーセント、労働能力喪失期間は3年とするのが相当である。


労働能力喪失年数4年 1件

⑥ 大阪地判平成28年 2月23日(平26(ワ)7558号)


 本件事故後、原告には前記第2の1(5)のとおり併合第14級相当の局部神経症状が残存したところ、後遺障害の内容・程度、症状固定時の身体状況等からすると、労働能力喪失率5パーセント、労働能力喪失期間4年(ライプニッツ係数3.5460)の限度で後遺障害逸失利益が発生していると判断するのが相当である。
 基礎収入を前記(6)の金額として後遺障害逸失利益を算定すると、以下のとおりとなる(円未満切捨て)。
 (46万円×12)×0.05×3.5460=97万8696円


労働能力喪失年数5年 19件

⑦ 大阪地判平成30年12月18日自保ジャーナル 2042号50頁


 原告は,営業等の業務にも従事していたが,本件事故による腰痛等の後遺障害によって,パソコン作業や車の運転等の業務に支障が生じ,妻や従業員に運転を代わってもらうなどしなければならなかったことが認められ,これらの事情を考慮すると,本件事故で負った後遺障害による原告の労働能力喪失率は5パーセント,労働能力喪失期間は5年(ライプニッツ係数4.3294)と認めるのが相当である。


⑧ 大阪地判平成30年10月30日自保ジャーナル 2037号63頁


 原告の後遺障害の等級やその程度に照らし,労働能力喪失率は5%,労働能力喪失年数は5年間(ライプニッツ係数4.329)とするのが相当である。


⑨ 大阪地判平成30年 3月28日(平28(ワ)6543号)


 原告には14級9号に相当する後遺障害が残ったものであり,原告が,本件事故後,長時間立つ必要のある棚卸しの業務ができなくなるなど,仕事への影響が生じた旨供述していることや,昇級評価シートにおける等級号俸が下げられたことも踏まえれば,原告は,上記後遺障害のため,5%の労働能力を喪失したものと認められる。もっとも,原告の後遺障害が他覚所見のない神経症状であり,一定期間の経過による症状の回復が期待できることなどからすれば,その労働能力喪失期間は5年間とするのが相当である。


⑩ 大阪地判平成30年 3月16日(平28(ワ)9930号)


 原告本人によれば,原告は,本件事故後,仕事の合間にマッサージ店に通うなどして症状の緩和を図るなどしていることが認められるが(原告本人8頁等),他方で,前記ア(エ)のとおり,本件事故後も原告の収入は減少しておらず,わずかではあるが増額していることなども考慮すると,原告は,本件事故による後遺障害のため,5年間にわたり,4%の労働能力を喪失したものとして,以下の計算式による後遺障害逸失利益を認めるのが相当である。この点,原告は,原告の神経症状が多面にわたることなどから,労働能力喪失期間は10年間とすべきと主張するが,原告の後遺障害の内容・程度等に照らして採用できない。


⑪ 大阪地判平成30年 1月31日自保ジャーナル 2017号1頁


 後遺障害の内容及び程度に照らせば,原告は,症状固定時の平成23年9月末日から5年間にわたり,その労働能力を5パーセント喪失したものと認められる。


⑫ 大阪地判平成29年10月19日(平29(ワ)7629号)
 弁論の全趣旨から,5%5年で算定した後遺障害逸失利益95万0975円の原告請求の通り認定

⑬ 大阪地判平成29年10月18日交民 50巻5号1268頁


 前記2(3)で認定した後遺障害の内容及び程度に照らせば,原告は,症状固定時の平成24年12月末日から5年間にわたり,その労働能力を5パーセント喪失したものと認められる。


⑭ 大阪地判平成29年 8月22日(平28(ワ)930号 ・ 平28(ワ)9799号)


 上記オの後遺障害の内容及び程度に加え,被告は旋盤を扱う仕事をしているが,腰痛のために仕事に支障が生じていること(乙11,弁論の全趣旨)等に照らせば,被告は,症状固定時から5年間にわたり,その労働能力を5パーセント喪失したものと認められる。


⑮ 大阪地判平成29年 7月26日自保ジャーナル 2008号47頁


 前記2(2)で認定した後遺障害の内容及び程度に照らせば,原告は,症状固定時の平成24年6月9日から5年間にわたり,その労働能力を5パーセント喪失したものと認められる。


⑯ 大阪地判平成29年 7月19日交民 50巻4号922頁


 原告は,本件事故当時,a市水道局において勤務し,平成26年には460万9603円の収入があったところ(甲8),後遺障害等級表14級9号の後遺障害により,5年間にわたり,5%の労働能力を喪失したものと認められ,原告の請求に係る99万7748円の後遺障害逸失利益を認めるのが相当である。


⑰ 大阪地判平成29年 3月24日(平27(ワ)2103号 ・ 平27(ワ)3867号 ・ 平28(ワ)2333号)


 前記(2)のような後遺障害の内容・程度も踏まえると,原告○の後遺障害逸失利益は,基礎収入を324万2285円,労働能力喪失率を5パーセント,労働能力喪失期間を5年(対応するライプニッツ係数は4.3295)として70万1873円と認めるのが相当である。


⑱ 大阪地判平成29年 3月23日(平27(ワ)11916号 ・ 平28(ワ)2618号)


 後遺障害逸失利益の算定に当たっては,基礎収入を平成25年男性学歴計・年齢別(65~69歳)平均賃金367万1600円の6割相当の金額とした上で,労働能力喪失率を5パーセント,労働能力喪失期間を5年とするのが相当である。


⑲ 大阪地判平成28年 9月27日自保ジャーナル 1989号147頁


 原告の上記症状については、他覚的所見があるとはいえないものの、医学的に説明が可能な神経症状として、後遺障害14級9号に該当するものと認めるのが相当である。
 そして、かかる原告の後遺障害の内容・程度、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告は、症状固定時から5年(これに対応するライプニッツ係数4.3295)にわたり、5パーセントの労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。


⑳ 大阪地判平成28年 7月28日(平26(ワ)12624号)


 上記1で判断したとおり原告には第14級に該当する後遺障害が残ったから、労働能力喪失率を5%とし(甲12)、後遺障害の等級や症状の程度等に鑑みて労働能力喪失期間を5年(ライプニッツ係数4.3295)とし、後遺障害逸失利益を算定すると、以下のとおりとなる(小数点以下切捨て)。
 194万6265円×0.05×4.3295=42万1317円


㉑ 大阪地判平成28年 4月25日自保ジャーナル 1979号17頁
 前記2(1)エのとおり、原告は、本件事故前にa大学を中退したものの、再度大学に入学することを目指して受験勉強していたから、本件事故に遭遇しなければ、いずれかの大学に進学した蓋然性が高いが、他方で、原告が、就労を開始する時期は、早くても平成26年4月からであると認められる。そして、前記2(3)で認定した後遺障害の内容・程度に照らせば、原告は、症状固定時の平成23年3月末から5年間にわたって、その労働能力を5%喪失したものと認められるから、原告の後遺障害逸失利益は、賃金センサス平成23年第1巻・第1表、産業計、企業規模計、大学・大学院卒25ないし29歳の男性労働者の平均賃金である435万3700円を基礎とした上で、平成26年4月から平成28年3月末までの2年間につき5%の割合で算定するのが相当であり、ライプニッツ方式により年5分の割合による中間利息を控除すると、以下の計算式のとおり34万9667円となる。
 〔計算式:435万3700円×0.05×(4.3295-2.7232)〕


㉒ 大阪地判平成28年 3月25日(平26(ワ)2527号)


 上記2(1)のとおり、原告は、本件事故により平成23年3月17日に症状固定し、後遺障害としては別表第2第14級9号に該当するものであったから、同日から5年間にわたり、5%労働能力を喪失したと認められる。


㉓ 大阪地判平成28年 2月10日自保ジャーナル 1974号69頁


 乙23によれば、本件事故の前年である平成20年の反訴原告の収入は439万3418円であったことが認められるところ、反訴原告の後遺障害の内容・程度より労働能力喪失率を5パーセント、労働能力喪失期間を5年(ライプニッツ係数は4.3295)として算定すると、後遺障害逸失利益は95万1065円となる。


㉔ 大阪地判平成27年11月11日自保ジャーナル 1967号70頁


 上記カの本件事故前3か月の給与を年額に換算すると235万1700円になるところ、原告○の後遺障害の内容・程度より、労働能力喪失率を5パーセント、労働能力喪失期間を5年(ライプニッツ係数は4.3295)として算定すると、後遺障害逸失利益は56万9084円となる。


労働能力喪失年数7年 1件

㉕ 大阪地判平成27年 7月 7日(平25(ワ)12193号)

(補足事項)事故日:平成21年9月4日


 基礎収入を前記(5)と同様に60万円とした上で、後遺障害の内容・程度、とりわけ現在に至るも疼痛等の症状が残存していること等に鑑み、労働能力喪失率を5%、労働能力喪失期間を7年(ライプニッツ係数5.7863)として後遺障害逸失利益を算定すると、17万3589円となる。
 60万円×0.05×5.7863=17万3589円


 

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