任意保険会社の内払いと近年の裁判例における黙示の合意の認定傾向

任意保険会社の内払いと充当問題

 交通事故事件においては,事故時から弁護士費用相当額を含む損害全部について遅延損害金が発生します(最判昭和58年9月6日民集37巻7号901頁)。

 民法491条第1項は,「債務者が一個又は数個の債務について元本のほか利息及び費用を支払うべき場合において、弁済をする者がその債務の全部を消滅させるのに足りない給付をしたときは、これを順次に費用、利息及び元本に充当しなければならない。」と規定しており,弁済があった場合には,元本に優先して利息に充当することとなっています(このルールを「法定充当」といいます)

 交通事故の賠償実務においても,各種支払いを受けた際に遅延損害金から充当されるか,それとも元本から充当されるかが訴訟で争われ,判例が形成されています。

 リーディングケースとなった判例としては,以下のものがあります。

最判平成16年12月20日判例時報1886号46頁

自賠責保険による損害賠償の支払いについて遅延損害金から充当しました。


被上告人らの損害賠償債務は、本件事故の日に発生し、かつ、何らの催告を要することなく、遅滞に陥ったものである(最高裁昭和三四年(オ)第一一七号同三七年九月四日第三小法廷判決・民集一六巻九号一八三四頁参照)。本件自賠責保険金等によっててん補される損害についても、本件事故時から本件自賠責保険金等の支払日までの間の遅延損害金が既に発生していたのであるから、本件自賠責保険金等が支払時における損害金の元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないときは、遅延損害金の支払債務にまず充当されるべきものであることは明らかである(民法四九一条一項参照)。
これに反する原審の上記判断には、法令の解釈適用を誤った違法がある。論旨は理由がある。


最判平成22年9月13日民集64巻6号1626頁

国民年金,厚生年金の支払について元本から充当しました。


(1) 被害者が不法行為によって損害を被ると同時に,同一の原因によって利益を受ける場合には,損害と利益との間に同質性がある限り,公平の見地から,その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要がある(最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁)。そして,被害者が,不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合において,労災保険法に基づく各種保険給付や公的年金制度に基づく各種年金給付を受けたときは,これらの社会保険給付は,それぞれの制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額をてん補するために支給されるものであるから,同給付については,てん補の対象となる特定の損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する損害の元本との間で,損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である。
これを本件各保険給付についてみると,労働者が通勤(労災保険法7条1項2号の通勤をいう。)により負傷し,疾病にかかった場合において,療養給付は,治療費等の療養に要する費用をてん補するために,休業給付は,負傷又は疾病により労働することができないために受けることができない賃金をてん補するために,それぞれ支給されるものである。このような本件各保険給付の趣旨目的に照らせば,本件各保険給付については,これによるてん補の対象となる損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する関係にある治療費等の療養に要する費用又は休業損害の元本との間で損益相殺的な調整を行うべきであり,これらに対する遅延損害金が発生しているとしてそれとの間で上記の調整を行うことは相当でない。
また,本件各年金給付は,労働者ないし被保険者が,負傷し,又は疾病にかかり,なおったときに障害が残った場合に,労働能力を喪失し,又はこれが制限されることによる逸失利益をてん補するために支給されるものである。このような本件各年金給付の趣旨目的に照らせば,本件各年金給付については,これによるてん補の対象となる損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する関係にある後遺障害による逸失利益の元本との間で損益相殺的な調整を行うべきであり,これに対する遅延損害金が発生しているとしてそれとの間で上記の調整を行うことは相当でない。
(2) そして,不法行為による損害賠償債務は,不法行為の時に発生し,かつ,何らの催告を要することなく遅滞に陥るものと解されるが(最高裁昭和34年(オ)第117号同37年9月4日第三小法廷判決・民集16巻9号1834頁参照),被害者が不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合においては,不法行為の時から相当な時間が経過した後に現実化する損害につき,不確実,不確定な要素に関する蓋然性に基づく将来予測や擬制の下に,不法行為の時におけるその額を算定せざるを得ない。その額の算定に当たっては,一般に,不法行為の時から損害が現実化する時までの間の中間利息が必ずしも厳密に控除されるわけではないこと,上記の場合に支給される労災保険法に基づく各種保険給付や公的年金制度に基づく各種年金給付は,それぞれの制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額をてん補するために,てん補の対象となる損害が現実化する都度ないし現実化するのに対応して定期的に支給されることが予定されていることなどを考慮すると,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,これらが支給され,又は支給されることが確定することにより,そのてん補の対象となる損害は不法行為の時にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが,公平の見地からみて相当というべきである。


最判平成27年3月4日民集69巻2号178頁

労災保険金の支払について元本から充当しました。


労災保険法に基づく保険給付は,その制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額を填補するために支給されるものであり,遺族補償年金は,労働者の死亡による遺族の被扶養利益の喪失を填補することを目的とするものであって(労災保険法1条,16条の2から16条の4まで),その填補の対象とする損害は,被害者の死亡による逸失利益等の消極損害と同性質であり,かつ,相互補完性があるものと解される。他方,損害の元本に対する遅延損害金に係る債権は,飽くまでも債務者の履行遅滞を理由とする損害賠償債権であるから,遅延損害金を債務者に支払わせることとしている目的は,遺族補償年金の目的とは明らかに異なるものであって,遺族補償年金による填補の対象となる損害が,遅延損害金と同性質であるということも,相互補完性があるということもできない。
したがって,被害者が不法行為によって死亡した場合において,その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受け,又は支給を受けることが確定したときは,損害賠償額を算定するに当たり,上記の遺族補償年金につき,その填補の対象となる被扶養利益の喪失による損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する逸失利益等の消極損害の元本との間で,損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である。
(2) ところで,不法行為による損害賠償債務は,不法行為の時に発生し,かつ,何らの催告を要することなく遅滞に陥るものと解されており(最高裁昭和34年(オ)第117号同37年9月4日第三小法廷判決・民集16巻9号1834頁参照),被害者が不法行為によって死亡した場合において,不法行為の時から相当な時間が経過した後に得られたはずの利益を喪失したという損害についても,不法行為の時に発生したものとしてその額を算定する必要が生ずる。しかし,この算定は,事柄の性質上,不確実,不確定な要素に関する蓋然性に基づく将来予測や擬制の下に行わざるを得ないもので,中間利息の控除等も含め,法的安定性を維持しつつ公平かつ迅速な損害賠償額の算定の仕組みを確保するという観点からの要請等をも考慮した上で行うことが相当であるといえるものである。
遺族補償年金は,労働者の死亡による遺族の被扶養利益の喪失の填補を目的とする保険給付であり,その目的に従い,法令に基づき,定められた額が定められた時期に定期的に支給されるものとされているが(労災保険法9条3項,16条の3第1項参照),これは,遺族の被扶養利益の喪失が現実化する都度ないし現実化するのに対応して,その支給を行うことを制度上予定しているものと解されるのであって,制度の趣旨に沿った支給がされる限り,その支給分については当該遺族に被扶養利益の喪失が生じなかったとみることが相当である。そして,上記の支給に係る損害が被害者の逸失利益等の消極損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有することは,上記のとおりである。
上述した損害の算定の在り方と上記のような遺族補償年金の給付の意義等に照らせば,不法行為により死亡した被害者の相続人が遺族補償年金の支給を受け,又は支給を受けることが確定することにより,上記相続人が喪失した被扶養利益が填補されたこととなる場合には,その限度で,被害者の逸失利益等の消極損害は現実にはないものと評価できる。
以上によれば,被害者が不法行為によって死亡した場合において,その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受け,又は支給を受けることが確定したときは,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,その填補の対象となる損害は不法行為の時に填補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが公平の見地からみて相当であるというべきである(前掲最高裁平成22年9月13日第一小法廷判決等参照)。
上記2の事実関係によれば,本件において上告人らが支給を受け,又は支給を受けることが確定していた遺族補償年金は,その制度の予定するところに従って支給され,又は支給されることが確定したものということができ,その他上記特段の事情もうかがわれないから,その填補の対象となる損害は不法行為の時に填補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが相当である。

(3) 以上説示するところに従い,所論引用の当裁判所第二小法廷平成16年12月20日判決は,上記判断と抵触する限度において,これを変更すべきである。


 任意保険会社の一括払による内払い(仮払い)の充当関係について判断した最高裁判所の判例はありませんが,多くの下級審裁判例では,遅延損害金を免除するとの黙示の合意の成立を認定して,元本充当と同じ取り扱いをしています。

 そのため,任意保険会社の内払いについて黙示の合意の成立が認められるかどうかが争点となっています。

近年の裁判例における黙示の合意の認定傾向

 日弁連交通事故相談センター「損害賠償算定基準」(通称「赤い本」)2019年版を見ても,任意保険会社から医療機関への直接支払い部分についても法定充当を認めている裁判例は,東京地判平成22年3月26日交通事故民事裁判例集43巻2号455頁の1件しか挙げられておらず,日弁連交通事故相談センター「交通事故損害額算定基準」(通称「青本」)26訂版にいたっては,法定充当を認めた裁判例の掲載がなく,元本充当合意の成立を認めた裁判例のみが掲載されています。

 そこで,近年の裁判例における認定傾向を調べるため,判例データベースで「黙示 合意 充当 事故」のキーワードで検索し,そのうち任意保険会社の内払いの充当関係が争点になっている裁判例を過去5年分,平成26年以降のものをピックアップ(平成31年4月6日時点)し,計20件の裁判例の内容を検討してみました。

任意保険会社から医療機関等へ直接支払われた内払いの部分について黙示の合意を認めたもの・・・9件(①③④⑤⑥⑦⑧⑬⑯)

(理由の内訳)

 支払いと損害項目との結びつきが明確・・・①③
 支払の対象が明確であり,実損害の填補を目的とする損害賠償の内払であることが明らか・・・④
 損害費目ごとに特定されて支払われている・・・⑤
 損害項目を一応示して支払われている・・・⑥
 支払先から認定・・・⑦⑧
 損害の発生から時間をおかずに支払われている・・・⑬
 特に理由をあげることなく認定・・・⑯

争点になっていないもの・・・10件(②⑨⑩⑪⑫⑭⑮⑰⑱⑲)

任意保険会社から医療機関へ治療費が直接支払われた事実が認定されなかったもの・・・1件(⑳)

 20件のうち,任意保険会社から医療機関等へ直接支払われた内払いの部分について黙示の合意を認めたものが9件,原告が既払い金として元本から控除するなどしてそもそも争点になっていないものが10件,任意保険会社から医療機関へ治療費が直接支払われた事実が認定されなかったものが1件でした。

 原告が既払い金として元本から控除していたり,そもそも請求で触れていなかったりして,争点になっていない事例が多いことが目に付きます。

 結果として,任意保険会社から医療機関等へ直接支払われた内払いの部分について充当関係が争われた上で黙示の合意が否定された裁判例は見当たりませんでした。

 もっとも,過去5年の裁判例をすべてチェックすることは実際上不可能であるため,キーワードを用いて絞り込みをしていますが,このキーワードでヒットしなかった裁判例を見落とした可能性はあります。

 また,判例データベースはすべての裁判例を網羅しているものではなく,あくまで法律雑誌に掲載されたものや事件を担当した弁護士らの任意提供によって成立しているものですので,収録されていない裁判例の中に任意保険会社から医療機関等へ直接支払われた内払いの部分についても法定充当を認めた近年の裁判例が存在している可能性はあります。

 しかしながら,仮に検索漏れや掲載漏れがあったとしても,全体的な傾向として,任意保険会社から医療機関等へ直接支払われた内払いの部分については黙示の合意が認定され,元本に充当される可能性が高いと言って良いでしょう。

 一方,任意保険会社から医療機関等へ直接支払われていない内払いの扱いについては,以下のとおり,裁判例によって判断が異なっています。

任意保険会社から医療機関等へ直接支払われていない内払いについても黙示の合意を認定したもの・・・12件(①②⑥⑧⑨⑩⑪⑫⑬⑮⑯⑰)

(理由の内訳)

 支払いと損害項目との結びつきが明確・・・①②
 損害項目を一応示して支払われている・・・⑥
 損害費目ごとに特定されて支払われている・・・⑧
 特段の事情がない限り認められる・・・⑨
 元本充当を明示して支払いがなされている・・・⑩⑪
 早期に支払われている・・・②⑪⑬
 保険会社の通常の意思からして,元本充当でなければ支払うはずがない・・・⑫
 覚書を作成の上で支払っている・・・⑮
 特に理由をあげることなく認定・・・⑯⑰

証拠に基づいて事実認定を行い,(一部の)内払いについて黙示の合意を否定したもの・・・5件(④⑦⑱⑲⑳)

任意保険会社から医療機関等へ直接支払われていない内払いが争点になっていないもの・・・3件(③⑤⑭)

 支払いと損害項目との結びつきが明確(①②),損害項目を一応示している(⑥),損害費目ごとに特定されて支払われている(⑧)などは,最判平成22年9月13日民集64巻6号1626頁が「労災保険法に基づく各種保険給付や公的年金制度に基づく各種年金給付を受けたときは,これらの社会保険給付は,それぞれの制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額をてん補するために支給されるものであるから,同給付については,てん補の対象となる特定の損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する損害の元本との間で,損益相殺的な調整を行うべき」と判示していることから,その内容に影響を受けたものと思われます。

 早期に支払われていることに着目しているケース(②⑪⑬)についても,最判平成22年9月13日民集64巻6号1626頁が,社会保険給付について「制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り」元本充当を行う旨判示したことが影響を与えているように見えます。

 裁判例④は,任意保険会社から医療機関等へ直接支払われた内払いの部分については,「支払の対象が明確であり,実損害の填補を目的とする損害賠償の内払であることが明らか」だとして黙示の合意を認定する一方で,その余の内払いについては証拠に基づいて詳細に検討し,一部の内払いについて黙示の合意を否定しています。

 裁判例⑭は,原告が損害金の元本から自賠責保険金を含む既払金の全額を控除してしまったため,争点になることなく任意保険会社の支払が元本から控除され,自賠責保険の支払いについても黙示の合意が認定されてしまった事例です。

 裁判例⑳については,結果として黙示の合意の成立が否定されましたが,「確かに,支払原因が生ずる都度,治療費を病院に支払うなどされたものについては,同支払によって治療費の元本が填補されたことは明らかであって,遅滞による損害が実質的には発生しておらず,当該損害に対する事故発生日から填補の日までの遅延損害金が生ずると解することは,損害の公平な分担という観点から相当でない(平成22年判例)。」と判決理由で述べており,仮に任意保険会社から医療機関へ治療費が直接支払われた事実が認定されていれば,黙示の合意を認めたものと考えられます。上記判決理由は,下級審裁判例が最判平成22年9月13日民集64巻6号1626頁に影響を受けていることを示唆しています。

 任意保険会社から医療機関等へ直接支払われていない内払いについても黙示の合意を認定した裁判例が12件と過半数を占めますが,そのうち3件(⑩⑪⑮)は黙示の合意が認定されているものの,証拠が細かく検討されています。また,黙示の合意を否定した裁判例も5件あります。

 以上のことからすると,任意保険会社から医療機関等へ直接支払われていない内払いについては,事案の内容次第で,黙示の合意が認定されるか否定されるか,どちらの結果もありうるように思われます。

参考裁判例一覧(各裁判例の詳細な内容については末尾の「資料」を参照下さい)

①大阪地判平成30年10月1日(平成27年(ワ)第7975号、平成27年(ワ)第9566号、平成28年(ワ)第9785号)

②神戸地判平成27年9月3日(平成25年(ワ)第1366号)

③東京地判平成27年2月26日(平成23年(ワ)第37519号)

④東京地判平成26年12月24日(平成24年(ワ)第23632号)

⑤大阪地判平成30年3月28日(平成28年(ワ)第6543号)

⑥仙台地判平成28年1月8日(平成26年(ワ)第132号)

⑦大阪地判平成26年6月27日(平成24年(ワ)第5214号)

⑧福岡地判平成26年2月13日自保ジャーナル1920号56頁

⑨神戸地判平成29年4月28日(平成26年(ワ)第397号)

⑩大阪地判平成28年9月1日(平成27年(ワ)第6773号)

⑪大阪地判平成28年8月29日(平成26年(ワ)第5358号)

⑫東京高判平成27年5月27日判例時報2295号65頁

⑬東京地判平成26年3月14日(平成24年(ワ)第20242号)

⑭大阪地判平成29年11月30日(平成28年(ワ)第5041号)

⑮東京地判平成29年9月4日(平成29年(ワ)第1261号)

⑯大阪地判平成30年8月23日(平成30年(ワ)第2137号)

⑰東京地判平成26年1月28日(平成24年(ワ)第11575号、平成24年(ワ)第12089号)

⑱福岡地判平成28年4月25日(平成24年(ワ)第1562号)

⑲鹿児島地判平成28年12月6日(平成27年(ワ)第368号)

⑳名古屋地判平成26年6月20日交通事故民事裁判例集47巻3号770頁

任意保険会社から医療機関等へ直接支払われた内払いの部分についても黙示の合意が否定された裁判例など

 近年の裁判例の傾向としては前述の通りとなりますが,それ以前の裁判例を調査したところ,任意保険会社から医療機関等へ直接支払われた内払いについても黙示の合意が否定された福岡高判平成24年7月31日判例時報2161号54頁が見つかりましたので,その原審判決とともに紹介させて頂きます。

証拠不足だとして黙示の合意が否定された事例

福岡高判平成24年7月31日判例時報2161号54頁


(7) 既払金に関する充当合意について

本件においては、既払金のうち治療費については元本に充当する旨の黙示の合意を認定するに足りる証拠はない。


 

上記福岡高判の原審

福岡地判所八女支部平成24年3月15日判例時報2161号57頁


四 被告らの主張

カ 法定充当の主張への反論
原告の法定充当に係る主張は、争う。当該弁済は、原告の法定代理人である原告の両親の承認の下に、被告会社から丁原病院に対し、治療費として支払われたものである。したがって、原告と被告会社との間には、当該弁済を損害金元金(治療費)に充当する旨の少なくとも黙示の合意がある。

第三 当裁判所の判断

告らが主張するような既払金の充当に係る合意の存在を認めるに足りる証拠はない。


 他には,名古屋高判平成22年11月26日自保ジャーナル1846号1頁では任意保険会社から医療機関等へ直接支払われた内払いは争点になっていませんが,黙示の合意を否定するに当たり,証拠不十分以外の理由をあげており,参考となるように思われます。

被害者の認識を理由に黙示の合意が否定された事例

名古屋高判平成22年11月26日自保ジャーナル1846号1頁


控訴人は,任意保険は項目を特定して支払われ,自賠責保険も被控訴人◯がその請求をしているから,元本から充当する旨の黙示の合意があったと主張する。しかし,一般に,不法行為の被害者は,損害の元本に対する遅延損害金について明確に理解していないのが通常であるから,控訴人が主張するような事情があったとしても,そのことから元本に充当する旨の黙示の合意があったとはいえない。


 最後に,赤い本に掲載されている裁判例を紹介させていただきます。この裁判例では,入院治療費が請求の対象外だったため,任意保険会社から医療機関等へ直接支払われた内払いの充当関係は争点になっていません。また,黙示の合意に触れられておらず,法定充当を行うにあたり,理由もあげられていません。

黙示の合意の有無に触れられておらず,特に理由を述べることなく法定充当の処理が行われた事例

東京地判平成22年3月26日交通事故民事裁判例集43巻2号455頁


「前記(1)ないし(21)及び(22)イの人身損害分の損害金(元本)の合計は1億4389万7368円となるところ,①本件事故の日の平成18年11月6日から同月14日までの遅延損害金は17万7407円(1億4389万7368円×0.05÷365日×9日)であり,同日に支払を受けた45万円は,まずこれに充当される。そうすると,その余の27万2593円が損害金元本に充当される(同日時点の損害金元本は1億4362万4775円となる。)。

イ 同月15日から平成18年12月5日までの遅延損害金は41万3167円(1億4362万4775円×0.05÷365日×21日)であり,同日に支払を受けた45万円は,まずこれに充当される。そうすると,その余の3万6833円が損害金元本に充当される(同日時点の損害金元本は1億4358万7942円となる。)。

ウ 同月6日から平成19年1月22日までの遅延損害金は94万4139円(1億4358万7942円×0.05÷365日×48日)であり,同日に支払を受けた45万円は,まずこれに充当されるところ,確定遅延損害金として,49万4139円が残ることになる。

エ 同月23日から平成19年8月20日までの遅延損害金は413万0612円(1億4358万7942円×0.05÷365日×210日)であり,上記ウのとおり,既に49万4139円の確定遅延損害金があるから,同日に支払を受けた4000万円は,まずこれら462万4751円の確定遅延損害金に充当される。そうすると,その余の3537万5249円が損害金元本に充当される(平成19年8月20日時点の損害金元本は1億0821万2693円)。

オ 上記エの充当後の人身損害額1億0821万2693円に,(22)ア・ウの物損額(27万7186円)を加えた損害額合計は,1億0848万9879円となる。」


資料(裁判例①~⑳)

支払いと損害項目との結びつきが明確にされていることを理由に黙示の合意を認定した事例

①大阪地判平成30年10月1日(平成27年(ワ)第7975号、平成27年(ワ)第9566号、平成28年(ワ)第9785号)


証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告は,夫を通じて,本件保険会社に対し,治療費,通院交通費,休業損害等の各費目について関係資料を送付して支払を請求し,本件保険会社は,これを受けて,費目ごとに相当と判断される金額を被告本人や医療期間の各口座に支払っていたことが認められるのであり,支払われた金額と費目との結びつきが明確にされていることからすれば,被告と本件保険会社との間には,少なくとも,既払金についての元本充当に係る黙示の合意及び既払金に対する遅延損害金について請求を放棄する旨の黙示の合意があったものと認めるのが相当である。


②神戸地判平成27年9月3日(平成25年(ワ)第1366号)


原告が任意保険金合計244万1324円(治療費11万8665円,装具・車椅子等146万2659円,その他86万円(平成21年9月1日,10万円,同月25日,40万円,同年10月15日,36万円))の支払を受けたことは当事者間に争いがないところ,治療費及び装具・車椅子等の支払については,損害費目との結びつきが明確な支払であり,また,その他の支払については,本件事故から3か月以内の支払であることに照らすと,原告X1と被告との間で,過失相殺後の損害元本に任意保険金を充当する旨の黙示の合意があったと認めるのが相当である


③東京地判平成27年2月26日(平成23年(ワ)第37519号)


既払の任意保険金269万1040円については,広尾病院の治療費及び山王病院の平成20年9月30日から平成21年4月30日までの期間中の治療費として支払われたことが認められる。上記各支払については,損害費目との結びつきが明確であり,原告と被告との間において損害賠償債務元本に充当するとの黙示の合意(これにより消滅する損害賠償債務元本に対する遅延損害金の支払債務を免除するとの合意を含む。)が存在するものと解するのが相当である


④東京地判平成26年12月24日(平成24年(ワ)第23632号)


原告に対する損害賠償金の支払状況が記載された通知書(甲22。以下「本件通知書」という。)には,「4 内払」の項に「H22.11.1以降(合計1500万円)については,損害賠償金の元本への充当合意あり」と記載されているから,平成22年11月9日,同年12月8日及び平成23年1月6日に支払われた各500万円(前記前提事実等(6)⑱,⑳及び(21)の合計1500万円)については,原告と被告側任意保険会社との間で,元本充当合意があったと認められるが,平成22年8月10日に支払われた500万円(前記前提事実等(6)⑯)と同年9月28日に支払われた500万円(同⑰)の合計1000万円については,元本充当合意は認められず,遅延損害金から優先的に充当するのが相当である。また,原告は,本件通知書の上記記載を根拠に,元本充当合意がある合計1500万円以外の支払については,全て遅延損害金から優先的に充当すべきと主張するが,本件通知書の上記記載は,「4 内払」の項に記載された合計2500万円に関する記載と解され,それ以外の費目(治療費,交通費等及びその他諸雑費)に係る支払を損害賠償金の元本に充当することを否定する趣旨とは解されない。そして,治療費,交通費等及びその他諸雑費については,支払の対象が明確であり,実損害の填補を目的とする損害賠償の内払であることが明らかというべきであるから,これらの支払については,原告と被告側任意保険会社との間で,黙示の元本充当合意が成立していたと認めるのが相当である。


損害項目ごとに支払われていることなどを理由として黙示の合意を認定した事例

⑤大阪地判平成30年3月28日(平成28年(ワ)第6543号)


原告は,前記前提となる事実のとおり,既払金の支払を受けたところ,これらについて,各支払日における確定遅延損害金から先に充当するべきであると主張している。被告らは,かかる主張を争い,これらの既払金について,元本充当する旨の黙示の合意があったと主張するものと解されるところ,被告側の任意保険会社からの支払については,治療費等の費目ごとに,個別の医療機関等に対して支払われていると認められることからすれば,かかる元本充当の合意があったと認めるのが相当である。


⑥仙台地判平成28年1月8日(平成26年(ワ)第132号)


原告は,上記既払金について別紙損害額計算書記載のとおり遅延損害金から充当すべきであると主張する。しかし,証拠(甲8~10)及び弁論の全趣旨によれば,上記既払金は損害項目を一応示して支払われていることが窺われるから,上記支払については,当事者間において,損害賠償債務の元本に充当するとの黙示の合意があったものと推認することができる。


⑦大阪地判平成26年6月27日(平成24年(ワ)第5214号)


これら医療機関に直接支払われたものについては,その支払先からみて,当事者間で,これを治療関係費に係る損害賠償債務の元本に充当する旨の黙示の合意があったものと認めるのが相当である。

被告らは,任意保険の保険会社からの支払のうち,残りの30万円についても同様の合意があった旨主張するが,これを認めるに足る的確な証拠はない。


⑧福岡地判平成26年2月13日自保ジャーナル1920号56頁


原告は,被告の任意保険会社の既払金は,先ず遅延損害金に充当されるべき旨主張するが,任意保険会社から支払われた任意保険金については,治療費相当額は直接医療機関に支払われており(当事者間に争いがない。),その余の支払についても,甲12によれば,損害費目ごとに特定されて支払われたことが認められるのであって,任意保険会社と原告との間で,損害賠償金の元本に充当するとの黙示の合意があったものと解されるから,この主張は採用しない。


特段の事情が無い限り,黙示の合意が認定されるとした事例

⑨神戸地判平成29年4月28日(平成26年(ワ)第397号)


原告らは,平成23年10月14日に任意保険から支払われた100万円に対する確定遅延損害金を主張しているが,特段の事情のない限り,任意保険金は事故発生日に元本に充当されるものとして支払がされるとの黙示の合意があると認めるのが相当であるところ,上記特段の事情を認めるには足りないから,確定遅延損害金は認められない。


元本充当を明示して支払いがなされていることを理由に黙示の合意を認定した事例

⑩大阪地判平成28年9月1日(平成27年(ワ)第6773号)


原告は,同任意保険金のうち,装具費,薬剤費及び代車料として支払われたもの以外については,まず,元本に対する遅延損害金に充当され,その残額のみが元本に充当されるべきと主張する。しかし,証拠(甲4,13)によれば,同任意保険金は,いずれも,治療費,休業補償,慰謝料,交通費その他損害の元本に対するものであることを明示して支払がなされており,原告としても,それぞれ明示された損害元本に充当されるものとして受け取ったと認められる。そうすると,同任意保険金について,損害元本に充当する旨の黙示の合意があったと認められ,損害元本に対する遅延損害金に充当すべきとの原告の主張は採用できず,同任意保険金は,その全額が,損害の元本に充当されることとなる。


⑪大阪地判平成28年8月29日(平成26年(ワ)第5358号)


原告は,本件任意保険金は,治療費として支払われた3万2550円を除き,まず,各支払日までに発生した遅延損害金に充当され,その残額が元本に充当されるべきであると主張するが,証拠によれば,原告は,平成22年4月19日,被告の代理人に対し,当時の代理人を通じて,原告らに収入がないことを理由に,休業損害,通院交通費及び入院雑費等を速やかに支払うよう要望したこと,被告らの代理人は,同年5月10日頃,原告の当時の代理人に対し,今後,被告ら保険会社から原告に対して支払う15万円(今回限り)及び日額5700円に休業日数を乗じた金額は,本件事故による原告の休業損害その他の損害賠償金元本の一部として支払う旨を書面により連絡し,被告ら保険会社は,その後同年10月6日までの間に,休業損害として合計115万3200円を支払ったこと,被告ら保険会社は,同年6月21日及び同年9月15日に,原告に対し,その他の損害として各40万円を支払ったこと,被告ら保険会社は,平成26年5月21日,原告に対し,損害賠償金元本の一部として支払うことを明示した上,200万円を支払ったことが認められる。

前記の事実によれば,休業損害としての保険金115万3200円及びその他のうち200万円については,明らかに当事者間において損害の元本に充当する旨の合意があったと認められる。また,その他の損害として支払われた合計80万円について,平成22年5月10日ころの連絡のための書面において直接明示はされていないものの,被告ら保険会社が,原告の当時の代理人からの要望に応じて本件事故後比較的早い段階で行った支払の一貫としてのものであることに照らすと,被告ら保険会社としては,これらについても損害賠償金元本の一部として支払う意思によって行ったものと認められ,原告もこれに応じたと認められるから,当事者間において損害の元本に充当する旨の合意があったといえる。

そうすると,被告ら保険会社が支払った任意保険金は,すべて元本へ充当すべきこととなる。


保険会社の通常の支払意思から黙示の合意を認定した事例

⑫東京高判平成27年5月27日判例時報2295号65頁


控訴人は、平成二二年一〇月七日に支払われた任意保険金五万円は何ら特定の費目を明示せずに「賠償金としての一時金です」とだけ表示して支払われており、賠償金という語は一般に元本と遅延損害金の区別なく用いられるから、控訴人が、充当によって消滅する損害賠償金元本に対する遅延損害金の支払を免除する旨の効果意思を有していたことはあり得ないと主張する。

しかし、証拠《略》によれば、上記五万円が支払われたのは、控訴人代理人から任意保険会社である◯損害保険株式会社(以下「◯社」という。)の担当者に、控訴人は経済的に余裕がないから賠償金を少しでも払ってほしいという申出があり、◯社は控訴人代理人に慰謝料名目で支払う旨告げて上記支払をし、同社のシステムでも慰謝料名目で五万円が計上されていることが認められる。また、E社から控訴人への連絡文書では、「賠償金としての一時金です」と記載されているが、この点も証拠《略》によれば、対人賠償保険金を事故の相手方自身に支払う場合の定型文言にすぎず、交通事故について治療継続されている段階でE社が対人賠償保険金を一部支払う場合、遅延損害金に充当する趣旨で支払うことはあり得ないことが認められる。以上によれば、上記五万円については、控訴人とE社との間で控訴人の損害(慰謝料部分)の元本に充当し、この部分について遅延損害金を発生させないとの黙示の合意があったと認められるから、控訴人の上記主張は採用できない。


上記原審

東京地判平成26年12月1日判例時報2295号72頁


対人賠償保険金5万円については、任意保険会社が、遅延損害金に充当することを前提に賠償金の一部支払を受容するはずはなく、損害元本の一部として支払ったことは明らかである。その支払に至る過程で原告が損害元本の一部支払であることを了解しえなかったとは考え難い。したがって、損害(慰謝料)元本に充当する黙示の合意が成立していたと認められる。


早期に支払われていることを理由に黙示の合意を認定した事例

⑬東京地判平成26年3月14日(平成24年(ワ)第20242号)


被告が自動車保険契約を締結していた保険会社から原告に支払われた既払金については,治療費や眼鏡代の発生からそれほど時間をおかずに支払われていることがうかがわれることを考慮すると,原告と被告との間で本件事故時に損害元本に充当する旨の黙示の合意があったものと解するのが相当であるから,遅延損害金は発生しない。


原告が元本から控除して請求していることから自賠責保険金の支払いについて黙示の合意を認定した事例

⑭大阪地判平成29年11月30日(平成28年(ワ)第5041号)


原告は,損害金の元本から自賠責保険金を含む既払金の全額を控除しているので,自賠責保険金について元本に充当する旨の黙示の合意があったものと認め,上記小計から既払金841万7348円(前記第2の1(6))を控除すると,上記金額となる。


覚書にもとづいた支払いについて黙示の合意を認定した事例

⑮東京地判平成29年9月4日(平成29年(ワ)第1261号)


500万円の支払については,支払に先立つ平成28年7月28日に,原告と被告らとの間で,当該500万円が被害者の人的損害の一部金であることを相互に確認した上で,原告指定の口座に振り込んで支払うとの覚書が作成されており(乙2),かかる内容の覚書にしたがって原告に500万円が支払われていることからすれば,同500万円については,原告と被告らとの間で損害賠償債務元本に充当するとの黙示の合意があったと認めるのが相当である。


特に理由をあげることなく黙示の合意を認定した事例

⑯大阪地判平成30年8月23日(平成30年(ワ)第2137号)


原告は,本件事故による被告の損害につき,治療費として49万4430円を各医療機関等に,休業補償費として28万3469円を被告に,それぞれ請求に応じて支払っており(争いがない。),これらについては,損害金元本に充当する旨の黙示の合意があったと認められる


⑰東京地判平成26年1月28日(平成24年(ワ)第11575号、平成24年(ワ)第12089号)


原告らは,第2の1(9)のア(イ)の500万円は遅延損害金に充当すべきであると主張する。しかし,証拠(甲7)及び弁論の全趣旨によれば,被告ら契約保険会社は,上記500万円を損害賠償の内払として支払ったものであり,原告との間に損害の元本に充当するとの黙示の合意が成立していたと認められる


治療費等の直接払の部分については原告が元本から控除済みで争点にならず,その他の内払いについて証拠に基づく事実認定を行い,黙示の合意の成立が否定された事例

⑱福岡地判平成28年4月25日(平成24年(ワ)第1562号)


ア 被告が付保する任意保険会社から,原告に対し,治療費等として合計738万3976円が支払われたことは,当事者間に争いがない。そして,証拠(甲16)によれば,同金額は,人身損害に対して支払われたものと認められるから,人的損害部分元金に充当される。

この結果,人的損害部分の元金額は,1億0006万7566円となる。

イ 自賠責保険から,原告に対し,平成22年8月30日,1296万円が支払われた事実については当事者間に争いがない。

なお,前記1296万円は,支払日当日までの人的損害部分の遅延損害金1721万7103円に充当される。

ウ 被告から原告に対して平成26年7月14日に9000万円の支払がされた事実については,当事者間に争いがない。

被告は,原告との間において,上記9000万円を本件請求債権の元金部分に充当することについて,黙示の充当合意があり,又は充当指定があったと主張するが,前者について,これを認めるに足りる証拠はなく,後者について,民法491条によれば,これを採用することができない。


⑲鹿児島地判平成28年12月6日(平成27年(ワ)第368号)


原告は,既発生の遅延損害金債務に先に充当され,残額が元本債務に充当される旨を主張し,被告はこれを争うところ,このうち,自賠責保険金(下記(オ),(カ))は,既発生の遅延損害金債務にまず充当されるべきものである(最高裁平成16年12月20日第二小法廷判決・裁判集民事215号987頁)。また,その余の既払金(内払金・下記(ア)~(エ))についても,損害賠償の元本債務に充当する旨の明示又は黙示の合意がない限り,民法491条1項により,既発生の遅延損害金債務に充当され,その残額が元本債務に充当されると解されるところ,上記合意を認めるに足りる証拠はない。よって,以下の既払金は,いずれも,既発生の遅延損害金債務に先に充当されることになる。


任意保険会社から医療機関へ治療費が直接支払われた事実が認定されず,黙示の合意の成立が否定された事例

⑳名古屋地判平成26年6月20日交通事故民事裁判例集47巻3号770頁


確かに,支払原因が生ずる都度,治療費を病院に支払うなどされたものについては,同支払によって治療費の元本が填補されたことは明らかであって,遅滞による損害が実質的には発生しておらず,当該損害に対する事故発生日から填補の日までの遅延損害金が生ずると解することは,損害の公平な分担という観点から相当でない(平成22年判例)。

そうしたところ,平成24年8月10日支払の17万2100円について,原告らは,原告らが一旦支払った(甲8)と主張しており,被告から病院に直接支払われたことを認めるに足りる適確な証拠はない。

また,同支払について原告らと被告との間で元本充当の黙示の合意が成立したと認めるに足りる証拠もなく,まず既発生の遅延損害金に充当された後,その残額が元本に充当されると解すべきである(民法491条)。

これを事故時に遡って元本に充当すべき旨の被告の主張は採用できない。


 

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