事例のポイント
50代男性 / 会社員
異議申立によって12級7号から10級11号へ昇級するとともに退職後の休業損害が認められ,支払額が13.4倍となる約1,351万円の増額に成功
入通院慰謝料 | 339 万円 | 1.0 倍 | 339 万円 |
休業損害 | 465 万円 | 2.6 倍 | 1,191 万円 |
後遺障害慰謝料 | 290 万円 | 1.9 倍 | 550 万円 |
後遺障害逸失利益 | 407 万円 | 2.5 倍 | 1,008 万円 |
治療費など | 410 万円 | 1.0 倍 | 411 万円 |
過失相殺 | -287 万円 | -524 万円 | |
既払金 | -1,515 万円 | → | -1,515 万円 |
支払額 | 109 万円 | 13.4 倍 | 1,460 万円 |
取得金額
1460万円
受傷部位
左下腿
後遺障害等級
10級11号
当方:15 相手:85 道路:十字路
態様:直進する当方の自動二輪車に,右折しようとした相手方車両が衝突
担当弁護士の解説
【はじめに】
本件は,弁護士介入後に保険会社の初回提示があった事案です。
また,当職は依頼者の退職後に受任しています。
【異議申立】
(異議申立前)
12級7号
1下肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの
(補足:関節の可動域が健側の可動域角度の3/4以下に制限されているもの)
(異議申立後)
10級11号
1下肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの
(補足:関節の可動域が健側の可動域角度の1/2以下に制限されているもの
本件の後遺障害の等級認定においては,左足首の可動域制限について,自動値では10級11号の基準を満たさないけれども,他動値では基準を満たしていることから,他動値を参照して可動域制限による後遺障害が認定されるかどうかが問題となりました。
労災基準では,「他動運動による測定値を採用することが適切でないものとは,例えば,末梢神経損傷を原因として関節を可動させる筋が弛緩性の麻痺となり,他動では関節が可動するが,自動では可動できない場合,関節を可動させるとがまんできない程度の痛みが生じるために自動では可動できないと医学的に判断される場合等をいう」とされています。
後遺障害診断書に腓骨神経麻痺の記載があったにもかかわらず,最初の認定結果では,「神経麻痺等の所見に乏しいことから他動値により等級評価をおこなう」と指摘があり,左足関節の可動域制限の後遺障害は12級7号の認定にとどまりました。
まず,当職は左足関節の自他動差の原因について主治医に医療照会を行い,腓骨神経麻痺が原因であるとの回答を取り付けました。
次に,神経麻痺を裏付ける他覚的所見を得る目的で,神経伝達速度検査と筋萎縮検査の追加検査を主治医に依頼しました。
検査の結果,神経伝達速度検査で健側と比較して伝達速度に遅延が生じていることが明らかになり,筋萎縮検査でも健側と2センチメートルの差が生じていることがわかりました。
以上の追加資料をもとに異議申立てを行ったところ,「1下肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」として10級11号が認定されました。
【法律上の争点】
退職後の休業損害について
退職後から症状固定までの休業期間678日(保険会社の仮払金額約667万円)について,休業損害が認められるかが大きな争点となりました。
本件では,治療継続中に依頼者が会社を退職した後,保険会社からの休業損害の仮払いがストップしていました。
当職が受任後に保険会社と交渉したことにより,休業損害相当額の仮払いを再開してもらうことはできましたが,保険会社の見解は,あくまで慰謝料等から前払いするというもので,退職後の休業損害を認めるものではありませんでした。
そのため,保険会社の初回提示の内容は,退職後の仮払いを休業損害とは認めず,既払い金を控除した後の支払額がわずか109万円というものでした。
裁判例では,退職が事故に起因し,かつ,症状固定前まで再就職することが困難である場合に,症状固定日までの休業期間が認められています(「Q症状固定前に会社を退職することになったのですが、休業損害は支払われるのでしょうか?」を参照下さい)。
そして,事故以外の原因で退職した場合,退職後の減収は事故と因果関係のある損害とは評価できないため,退職理由は因果関係の認定に影響を及ぼす事項の一つといえます。
本件では,依頼者は人事担当者から既成事実として退職を通告され,反論できないまま退職願を代理で書いておくと説明されて退職手続きが行われました。
人事担当者と依頼者のやりとりは全て口頭で行われ,書面での退職勧奨や通知は一切行われていません。
後日解雇の有効性を争われることを懸念して,解雇手続きを取らずに強引な退職勧奨を行い,依頼者に退職願を提出させて自主退職扱いにする意図があったことが伺われますが,違法行為に該当しうることを十分に認識していたため,一切書面に残さず,口頭で済ませたものと考えられます。
以上の経緯により,退職勧奨行為等の証拠は利害関係人である依頼者本人の供述が主なものとなり,書類上は退職願が会社に提出され(但し,代筆であることは,退職願の提出が依頼者の真意に基づくものではないと争う材料になります),離職票上も自主退職扱いになっているため,訴訟において退職後の休業損害が争点になった場合,これらの事情が事故と退職の因果関係証明の上での障害となることが予想されました。
また,裁判例の中には割合的に退職後の休業損害を認定している事例もある(京都地判平成29年9月20日自保ジャーナル2013号116頁等)ことから,因果関係証明のハードルをクリアできたとしても,必ずしも休業損害満額が認められるとは限らないという懸念もありました。
これらの当職の見解を踏まえて訴訟リスクを依頼者に説明したところ,最初から訴訟提起するのではなく,まずは示談交渉で退職後の休業損害獲得を目指すことになりました
当職は証拠を精査し,休職辞令によれば,休職後に本社から復職の許可を得るためには,「担当職務での就労可能と判断された所見」が記載された診断書の提出が必要とされていたところ,休職期間経過後時点の主治医の診断書は,「現在まだ骨癒合は完全ではなく,松葉杖が必要な状態である。骨癒合完成には少なくとも1年半はかかる見込みである」とされていたこと,依頼者が休職期間中に復職の準備として研修を受講しており,復職を希望していた依頼者が,事故と関係なく自ら望んで退職したわけではないことを主張し,加害者側の保険会社と交渉を行いました。
そして交渉の結果,保険会社が退職後に仮払した金員を休業損害として認めるとの回答が得られ,依頼者がリスクを避ける方向での解決を希望されたことから,訴訟を提起せずに示談することになりました。
本件は,訴訟で争えば,遅延損害金の上乗せによる増額可能性があった一方,退職後の休業損害の全部または一部が否定された場合,保険会社の提示額より減額になるリスクもあった事案であると思います。
【まとめ】
弁護士が異議申立を行った結果,12級7号から10級11号へ昇級いたしました。
さらに,事故が原因での退職であることを資料に基づいて主張した結果,支払額が13.4倍となる約1,351万円の増額に成功いたしました。