年金の支給停止と逸失利益
交通事故で年金を受給していた被害者が死亡すると,年金が支給停止されることになります。
事故がなければ受け取れたはずの年金は,逸失利益として認められるのでしょうか。
既に年金を受給している場合には,年金の性質によって逸失利益として認められるかどうかが決まっています。
判例は,老齢・退職年金,障害年金など,保険料負担のある家族のための生活保障的な性質を持つ年金について逸失利益性を認め,遺族年金や扶助料(恩給受給者が死亡したとき,一定条件を備えた遺族に支給される年金恩給のこと)など,保険料負担のない受給者自身の生計維持を目的とする社会保障的な年金については逸失利益性を否定しています。
また,障害年金のうちの加給年金部分については,社会保障的性格の強い給付だとして逸失利益性が否定されていますが,これは老齢年金の加給年金部分についても同様に当てはまると考えられます。
逸失利益性あり |
【老齢・退職年金】
・退職共済年金(最大判平成5年3月24日民集47巻4号3039頁) 【障害年金】
・障害基礎年金(最二小判平成11年10月22日民集53巻7号1211頁) |
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逸失利益性なし |
【加給年金】
・障害年金の加給年金(最二小判平成11年10月22日民集53巻7号1211頁) 【遺族年金】
・遺族厚生年金(最三小判平成12年11月14日民集54巻9号2683頁) |
最大判平成5年3月24日民集47巻4号3039頁
退職年金を受給していた者が不法行為によって死亡した場合には、相続人は、加害者に対し、退職年金の受給者が生存していればその平均余命期間に受給することができた退職年金の現在額を同人の損害として、その賠償を求めることができる。この場合において、右の相続人のうちに、退職年金の受給者の死亡を原因として、遺族年金の受給権を取得した者があるときは、遺族年金の支給を受けるべき者につき、支給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で、その者が加害者に対して賠償を求め得る損害額からこれを控除すべきものであるが、いまだ支給を受けることが確定していない遺族年金の額についてまで損害額から控除することを要しないと解するのが相当である。
最三小判平成5年9月21日集民169号793頁
他人の不法行為により死亡した者の得べかりし普通恩給は、その逸失利益として相続人が相続によりこれを取得するものと解するのが相当である(最高裁昭和五七年(オ)第二一九号同五九年一〇月九日第三小法廷判決・裁判集民事一四三号四九頁)。そして、国民年金法(昭和六〇年法律第三四号による改正前のもの。)に基づいて支給される国民年金(老齢年金)もまた、その目的・趣旨は右と同様のものと解されるから、他人の不法行為により死亡した者の得べかりし国民年金は、その逸失利益として相続人が相続によりこれを取得し、加害者に対してその賠償を請求することができるものと解するのが相当である。
東京地判平成13年12月20日交通事故民事裁判例集34巻6号1651頁
(2) 年金の逸失利益 572万3839円(652万4993円)
亡◯は,本件事故当時,老齢厚生年金を受給しており,その基本額は年額148万円であったが,給与収入があったため69万8560円が支給停止になっており,本件事故時には年額78万1440円を受給していたと認められる。
したがって,亡◯が稼働するであろう9年間は,78万1440円を基礎収入とし,生活費控除率を5割として,また,その後の平均余命までの10年間は,148万円を基礎収入とし,生活費控除率を6割として(年金の性質上,年金のみで生活するようになった後はその6割を生活のために費消するものと認めるのが相当である。),年5%のライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると,次のとおり,年金の逸失利益は572万3839円となる。
最二小判平成11年10月22日民集53巻7号1211頁
国民年金法に基づく障害基礎年金も厚生年金保険法に基づく障害厚生年金も、原則として、保険料を納付している被保険者が所定の障害等級に該当する障害の状態になったときに支給されるものであって(国民年金法三〇条以下、八七条以下、厚生年金保険法四七条以下、八一条以下参照)、程度の差はあるものの、いずれも保険料が拠出されたことに基づく給付としての性格を有している。したがって、【要旨第一】障害年金を受給していた者が不法行為により死亡した場合には、その相続人は、加害者に対し、障害年金の受給権者が生存していれば受給することができたと認められる障害年金の現在額を同人の損害として、その賠償を求めることができるものと解するのが相当である。そして、亡◯が本件事故により死亡しなければ平均余命まで障害年金を受給することのできたがい然性が高いものとして、この間に亡◯が得べかりし障害年金相当額を逸失利益と認めた原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認するに足りる。
(二) もっとも、子及び妻の加給分については、これを亡◯の受給していた基本となる障害年金と同列に論ずることはできない。すなわち、国民年金法三三条の二に基づく子の加給分及び厚生年金保険法五〇条の二に基づく配偶者の加給分は、いずれも受給権者によって生計を維持している者がある場合にその生活保障のために基本となる障害年金に加算されるものであって、受給権者と一定の関係がある者の存否により支給の有無が決まるという意味において、拠出された保険料とのけん連関係があるものとはいえず、社会保障的性格の強い給付である。加えて、右各加給分については、国民年金法及び厚生年金保険法の規定上、子の婚姻、養子縁組、配偶者の離婚など、本人の意思により決定し得る事由により加算の終了することが予定されていて、基本となる障害年金自体と同じ程度にその存続が確実なものということもできない。これらの点にかんがみると、【要旨第二】右各加給分については、年金としての逸失利益性を認めるのは相当でないというべきである。この点に関する原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法がある。
最三小判平成12年11月14日民集54巻9号2683頁
遺族厚生年金は、厚生年金保険の被保険者又は被保険者であった者が死亡した場合に、その遺族のうち一定の者に支給される(厚生年金保険法五八条以下)ものであるところ、その受給権者が被保険者又は被保険者であった者の死亡当時その者によって生計を維持した者に限られており、妻以外の受給権者については一定の年齢や障害の状態にあることなどが必要とされていること、受給権者の婚姻、養子縁組といった一般的に生活状況の変更を生ずることが予想される事由の発生により受給権が消滅するとされていることなどからすると、これは、専ら受給権者自身の生計の維持を目的とした給付という性格を有するものと解される。また、右年金は、受給権者自身が保険料を拠出しておらず、給付と保険料とのけん連性が間接的であるところからして、社会保障的性格の強い給付ということができる。加えて、右年金は、受給権者の婚姻、養子縁組など本人の意思により決定し得る事由により受給権が消滅するとされていて、その存続が必ずしも確実なものということもできない。これらの点にかんがみると、遺族厚生年金は、受給権者自身の生存中その生活を安定させる必要を考慮して支給するものであるから、【要旨】他人の不法行為により死亡した者が生存していたならば将来受給し得たであろう右年金は、右不法行為による損害としての逸失利益には当たらないと解するのが相当である。
最三小判平成12年11月14日集民200号155頁
恩給法の一部を改正する法律(昭和二八年法律第一五五号)附則一〇条に基づく扶助料は、旧軍人又は旧準軍人が死亡した場合に、その遺族のうち一定の者に支給されるものであるところ、成人の子については重度障害の状態にあって生活資料を得る途がないことが必要とされていること、受給権者の婚姻、養子縁組といった一般的に生活状況の変更を生ずることが予想される事由の発生により受給権が消滅するとされていることなどからすると、専ら受給権者自身の生計の維持を目的とした給付という性格を有するものと解される。また、扶助料は、全額国庫負担であり、社会保障的性格の強い給付ということができる。加えて、扶助料は、受給権者の婚姻、養子縁組など本人の意思により決定し得る事由により受給権が消滅するとされていて、その存続が必ずしも確実なものということもできない。これらの点にかんがみると、扶助料は、受給権者自身の生存中その生活を安定させる必要を考慮して支給するものであるから、他人の不法行為により死亡した者が生存していたならば将来受給し得たであろう扶助料は、右不法行為による損害としての逸失利益には当たらないと解するのが相当である。
年金未受給の場合
年金をまだ受け取っていない場合に,年金の逸失利益性が認められるかどうかについての最高裁の判例はありませんが,下級審では,将来の年金受給に高度の蓋然性が認められるかという観点から判断されています。
一般的には,既に受給資格を有しているときは逸失利益性を認めやすく,受給資格取得前の場合は,逸失利益性を認めにくいと考えられます。
既に受給資格を得ている年金未受給者について年金の逸失利益性を認めた事例として,東京地判平成7年10月25日交通事故民事裁判例集28巻5号1519頁があります。
同判決は,「国民年金(老齢基礎年金)を未だ受給していなくても、既にその受給資格を得ている場合は、その者は、他人の不法行為により、満六五歳に達すれば、確実に受給し得たはずの国民年金(老齢基礎年金)を受給し得なくなったのであるから、国民年金(老齢基礎年金)を受給している場合と同様に、その逸失利益性は肯定される」として,受給開始年齢65歳から平均余命までの期間について,年金の逸失利益を認めました。
東京地判平成7年10月25日交通事故民事裁判例集28巻5号1519頁
(二) 次に、甲三、九によれば、訴外◯は、本件事故時六三歳であったが、既に国民年金(老齢基礎年金)の受給資格を得ており、満六五歳に達した時以降は平均余命に達するまでの期間、毎年六〇万五〇〇〇円の国民年金(老齢基礎年金)を受給し得たと認められる。
ところで、昭和六〇年法律第三四号による改正前の国民年金法に基づいて支給される国民年金(老齢年金)は、当該受給者に対して損失補償ないし生活保障を与えることを目的とするものであると共に、その者の収入に生計を依存している家族に対する関係においても、同一の機能を営むものと認められるから、その逸失利益性が認められるところ(最高裁平成元年(オ)第二九七号、同平成五年九月二一日第三小法廷判決)、右改正後の国民年金法に基づく国民年金(老齢基礎年金)も、その目的、趣旨は改正前の国民年金(老齢年金)と同様であるので、その逸失利益性は認められると解される。
そして、国民年金(老齢基礎年金)を未だ受給していなくても、既にその受給資格を得ている場合は、その者は、他人の不法行為により、満六五歳に達すれば、確実に受給し得たはずの国民年金(老齢基礎年金)を受給し得なくなったのであるから、国民年金(老齢基礎年金)を受給している場合と同様に、その逸失利益性は肯定されるべきである。
年金の逸失利益と生活費控除
年金の逸失利益が肯定される場合には,稼働収入の逸失利益の場合(30%~50%)と比べ,高い生活費控除率が適用されるのが通常です。
年金収入が生活保障的な意味合いが強いことや,稼働収入がある場合と比べて低額で生活費にあてられる部分が大きいと推測されることなどがその理由です。
実務での運用状況については,河邉義典裁判官によれば,東京地裁民事27部(交通専門部)では,年金収入のほかに稼働収入年金のみで生計を立てている者については,通常通りの生活費控除率を認定する一方,年金収入だけの場合には,年金の額を考慮して5~8割の間,一般の事案では6割で生活費控除率を認定することが多いとの指摘があります(河邉義典『交通事故賠償の実務と展望』東京三弁護士会交通事故処理委員会編「新しい交通賠償論の胎動(ぎょうせい2002年11月1日)」13頁参照)。
また,年金以外に稼働収入があるケースでは,算定方法として以下のようなものが用いられています。
- 稼働収入と年金収入を区別し,稼働収入に通常の生活費控除率を適用し,年金収入は高めの生活費控除率を適用する
- 稼働収入と年金収入の共通の割合として,やや高めの生活費控除率を適用する
- 稼働収入がある期間は通常の生活費控除率を適用し,年金収入のみとなる期間は高めの控除率を適用する