胎児死亡の慰謝料
民法上,私権の享有は出生によって始まる(民法3条1項)とされていることから,胎児の時点で死亡した場合,胎児には損害賠償請求権が認められないことになります。
したがって,胎児について損害賠償請求権が発生し,それを両親が相続したという法的構成を取ることはできません。
裁判例では,胎児の死産は母体に対する傷害に吸収されると考えて母親の傷害慰謝料の算定において斟酌するケースと,胎児に対する近親者慰謝料が発生すると扱うケースの2通りの構成が見られます。
一例を挙げますと,高松高判平成4年9月17日自保ジャーナル994号2頁では,被控訴人(母親)が近親者慰謝料として請求する法律構成を取っていることが影響していると思われますが,近親者慰謝料として800万円が認められています。
胎児の死亡に伴う慰謝料については基準化されておらず,裁判例における認定額も様々ですが,妊娠月数が長ければ長いほど慰謝料額が大きくなる傾向にあります。
また,父親の近親者慰謝料も認められていますが,おおむね母親の半分程度が目安となっているようです。
他の裁判例を見ると,妊娠2ヶ月で150万円(大阪地判平成8年5月31日交通事故民事裁判例集29巻3号830頁)や,妊娠27週で250万円(横浜地判平成10年9月3日自保ジャーナル1274号2頁)などがあり,高松高裁の事例は突出して高額です。
明確な慰謝料算定基準が確立されていないため,裁判所毎に幅が出るのは避けられないところですが,高松高裁判決で800万円の近親者慰謝料が認定されたのは,出産予定日の4日前という事情が考慮されたためと考えられます。
高松高判平成4年9月17日自保ジャーナル994号2頁
(六) 胎児死亡による慰謝料
前掲甲第一号証、第一二号証、乙第二号証、原本の存在及び成立ともに争いのない乙第三号証、前掲被控訴人◯本人尋問の結果によると、被控訴人◯は、本件事故当時妊娠一〇か月で平成元年七月三〇日が出産予定日であり、妊娠後継続して診察を受けていた「□□病院」で同月二四日定期検診を受けた際、母体及び胎児とも正常であるとの診断を受けていたところ、出産予定日を目前にして本件事故により胎児が死亡したものであることが認められる。
右の事実によると、被控訴人◯が本件事故により精神的に多大の苦痛を被つたであろうことは容易に推察できるところであり、この苦痛を慰謝するには八〇〇万円をもつて相当と認める。
死亡事故における胎児と赤子の賠償額の違い
突出して高額の近親者慰謝料が認められている高松高裁の事例でも,「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準(通称「赤い本」)」に記載されているその他の場合の死亡慰謝料の目安である2,000万~2,500万円の金額と比べると,極めて低額です。
また,生後間もない赤子であっても,2千万円程度の死亡逸失利益が認められる可能性があるのに対し,たとえ出生間近であっても,胎児では死亡逸失利益は認められません。
このように,私権の享有についての民法の定めによって,同じ死亡事故でも胎児と赤子とでは認められる賠償額に多大な差が生ずることになります