医師や看護師等に対する謝礼は、損害として認められるのでしょうか?

社会通念上相当かどうかが判断の基準

 手術などで執刀医に対する謝礼の提供を示唆されたりすることもあり,医療機関との円滑な関係維持や今後の治療への不安などから,現実に謝礼を支出せざるをえない場合があります。

 一方で,謝礼はあくまで被害者の感謝の気持ちの表れであると考えると,これを事故と相当因果関係にある損害として,加害者に負担を求めるのは不相当にも思えます。

 医師等への謝礼を交通事故の損害として認めなかった裁判例も多いですが,社会通念上相当な範囲かどうかを判断基準とした上で,謝礼を損害として認めたものもあります。ここでいう社会通念上相当かどうかの意味ですが,常識からして相当かどうか,一般人の感覚から相当かどうかなどと言いかえて考えると理解しやすいと思います。

 なお,社会通念上相当かどうかの判断基準を採用していない事例としては,大阪地判平成12年6月16日交通事故民事裁判例集33巻3号979頁があります。同判決は,謝礼は任意に感謝の意を込めてなすべきものだとして,事故との間に相当因果関係を認めることはできないとの判断を示しました。

 社会通念上相当かどうかの判断基準に従いつつ,謝礼を損害として認めなかった事例としては,大阪地判平成20年9月8日交通事故民事裁判例集41巻5号1210頁があります。同判決は,仮に謝礼支払いの事実が認められるとしても,受傷の内容,経過に照らして,当然に社会的相当性を有するものではないと判断しています。

 一方,社会通念上相当だとして謝礼を損害として認めた事例としては,さいたま地判平成21年2月25日交通事故民事裁判例集42巻1号218頁があります。同判決は,緊急搬送時に原告は昏睡状態にあったものの,治療の末,集中治療室から一般病室へ移ることが可能となったという受傷内容や治療経過を考慮して,医師に支払った謝礼金30万円全額を社会通念上相当な額だとして,事故と相当因果関係にある損害として認めました。

否定例

大阪地判平成12年6月16日交通事故民事裁判例集33巻3号979頁


(四) 医師謝礼、看護婦謝礼
医師及び看護婦への謝礼は、患者が任意に感謝の意を込めてなすべきものであり、本件においてもそのような趣旨でなされたものというべきであるから、本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。


大阪地判平成20年9月8日交通事故民事裁判例集41巻5号1210頁


オ 医師・看護師に対する謝礼 0円
 原告は,医師・看護師に対する謝礼として30万円を交付した旨主張する。しかしながら,これを認めるに足りる適確な証拠はないし,仮に,この事実が認められるとしても,原告の受傷内容,経過に照らし,当然に社会的相当性を有するものともいい難い。以上によれば,上記謝礼は,本件事故と相当因果関係がある損害としては認められない。


肯定例

さいたま地判平成21年2月25日交通事故民事裁判例集42巻1号218頁


(カ) 医師への謝礼 30万円

医師への謝礼は,社会通念上相当な限度で交通事故による損害と認めるべきであるところ,緊急搬送時に原告は昏睡状態にあったものの,治療の末,集中治療室から一般病室へ移ることが可能となったことを考慮すれば,30万円の謝礼は,社会通念上相当な額ということができるから,これを本件事故と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。


受傷内容や治療経過等,事案の内容如何で交通事故の損害として認められる可能性も

 社会通念上相当かどうかに関係なく,謝礼の性質から損害として認めなかった大阪地判平成12年6月16日交通事故民事裁判例集33巻3号979頁のような裁判例もありますが,多くの裁判例は,社会通念上相当かどうかの判断基準を用いて,謝礼が事故と相当因果関係にある損害かどうかを判断しています。

 裁判上,医師等への謝礼については,なかなか交通事故の損害として認められていないのが実情です。

 しかし,さいたま地判平成21年2月25日交通事故民事裁判例集42巻1号218頁のように,受傷内容や治療経過如何では,損害として認められる可能性もあると考えられます。

大阪地裁での取扱い

 交通事故損害賠償学算定のしおり(通称「緑のしおり」「緑本」)では,「医師等の謝礼は,損害として認めない。」との記載があり,大阪地裁では,医師等の謝礼は損害として認めない運用をとっています。

 この運用について,大阪地裁における交通損害賠償の算定基準(第3版)では,従来は社会通念上相当なものについて損害として認めていたが,平成16年2月「医師の職業倫理指針」において,医師が患者から謝礼を受け取ることを慎むべきとの規定が設けられたことに鑑み,損害として認めないこととしたと説明されています。

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