交通事故で家族同然に扱っていたペットが死亡したのですが、飼い主は慰謝料を請求できるのでしょうか?

ペットに関する慰謝料

 交通事故の場合,原則として,車両や積荷の物損について,精神的苦痛に対する損害賠償である「慰謝料」を請求することはできません。

 なぜなら,交通事故の物損は,基本的に車両や積荷といった財産上の利益に損害が生じるものなので,物損によってショックを受けるなどして精神的損害を被ったとしても,金銭による賠償を受けることによって,財産的な損害の回復と同時に回復されると考えられるからです。

 しかし,ペットは法的には動産に該当するものの,飼い主との交流を通じて家族の一員として扱われることも少なくなく,他の物損の場合と単純に同視することはできません。

 家族同然に扱っていたペットが交通事故によって死亡したり,死亡に匹敵するような重い傷害を負った場合,飼い主が精神的苦痛を受けることは十分考えられます。

 名古屋高判平成20年9月30日交通事故民事裁判例集41巻5号1186頁は,家族同然のペットが不法行為により重い傷害を負ったことで,死亡した場合に近い精神的苦痛を飼い主が受けたときには,飼い主のかかる精神的苦痛は,主観的な感情にとどまらず,社会通念上,合理的な一般人の被る精神的な損害であるとして,治療費などの財産的損害に対する損害賠償の他に,飼い主2名に対し各々20万円の慰謝料を認めました。

 なお,名古屋高裁平成20年判決では,子供がおらず家族として扱っていたというペットとの関係や,後肢麻痺を負い,自力で排尿,排便ができず,日常的かつ頻繁に飼い主による圧迫排尿などの手当てを要するという負傷の内容・程度及び介護の内容を考慮して,ペットの慰謝料の事案の中ではかなり高額な慰謝料が認定されています。

 他の裁判例を見ると,事故で死亡した愛犬の慰謝料5万円が認められた事例(東京高判平成16年2月26日交通事故民事裁判例集37巻1号1頁)や,飼い犬の死亡により,精神的なショックを受け,病院への通院日数が増えたとして慰謝料10万円が認められた事例(大阪地判平成18年3月22日判例時報1938号97頁)などがあり,ペット死傷による飼い主に対する慰謝料の認定額は事案によってかなりの幅があります。

 注意すべきなのは,ペットが死傷したからといって当然に飼い主に慰謝料が認められるわけではない点です。

 ペットに関する慰謝料が認定された事例は,いずれも長年家族同然に飼っていたというようにペットと飼い主との関係が深いものであることに加え,死亡ないし死亡したに近い重い傷害を負ったものです。

 人を被害者とする傷害事故でさえ,近親者による慰謝料請求が死亡や死亡に近い重い傷害を負った場合を除いて認められていないことからすれば,ペットについても死亡ないし死亡に近い重い傷害を負った場合に限定されるのはやむをえないといえます。

 大阪地判平成27年8月25日交通事故民事裁判例集48巻4号990頁では,ペットが「飼い主である原告にとってかけがえのない存在になっていることは認められる」が,「全身の震えや食欲不振といった症状にとどまり,原告の被った精神的苦痛は,社会通念上,損害賠償をもって慰謝されるべきものとまではいい難い」としてペットの傷害についての慰謝料は否定されています。

名古屋高判平成20年9月30日交通事故民事裁判例集41巻5号1186頁


3 慰謝料について
 近時,犬などの愛玩動物は,飼い主との間の交流を通じて,家族の一員であるかのように,飼い主にとってかけがえのない存在になっていることが少なくないし,このような事態は,広く世上に知られているところでもある(公知の事実)。そして,そのような動物が不法行為により重い傷害を負ったことにより,死亡した場合に近い精神的苦痛を飼い主が受けたときには,飼い主のかかる精神的苦痛は,主観的な感情にとどまらず,社会通念上,合理的な一般人の被る精神的な損害であるということができ,また,このような場合には,財産的損害の賠償によっては慰謝されることのできない精神的苦痛があるものと見るべきであるから,財産的損害に対する損害賠償のほかに,慰謝料を請求することができるとするのが相当である。

 これを本件についてみるに,前示のとおり,子供のいない被控訴人らは,◯を我が子のように思って愛情を注いで飼育していたものであり,◯は,飼い主である被控訴人らとの交流を通じて,家族の一員であるかのように,被控訴人らにとってかけがえのない存在になっていたものと認められる。ところが,◯は,本件事故により後肢麻痺を負い,自力で排尿,排便ができず,日常的かつ頻繁に飼い主による圧迫排尿などの手当てを要する状態に陥ったほか,膀胱炎や褥創などの症状も生じているというのである(被控訴人ら各本人)。このような◯の負傷の内容,程度,被控訴人らの介護の内容,程度等からすれば,被控訴人らは,◯が死亡した場合に近い精神的苦痛を受けているものといえるから,上記2の損害とは別に,慰謝料を請求することができるというべきである。
 そして,慰謝料の金額については,◯の負傷の内容,程度,被控訴人らの介護の内容,程度等その他本件に現れた一切の事情を総合すると,被控訴人らそれぞれにつき,20万円ずつとするのが相当である。


大阪地判平成27年8月25日交通事故民事裁判例集48巻4号990頁


キ 本件犬に傷害を負わされたことに対する慰謝料 0円
 物的損害については,財産上の損害の賠償により,精神的苦痛も慰謝されることになると解され,原則として,財産上の損害の賠償に加えて慰謝料が認められることはないものと解される。もっとも,犬などの愛玩動物は,飼い主が家族の一員であるかのように扱い,飼い主にとってかけがえのない存在になっていることが少なくない(公知の事実)。そのような動物が不法行為により重い傷害を負ったことにより,当該動物が死亡した場合に近い精神的苦痛を飼い主が受けたときは,飼い主の精神的苦痛は,社会通念に照らし,主観的な感情にとどまらず,損害賠償をもって慰謝されるべき精神的損害として,飼い主は,これを慰謝するに足りる慰謝料を請求することができるものと解するのが相当である。
 これを本件についてみると,前記1(1)アの認定事実から本件犬が飼い主である原告にとってかけがえのない存在になっていることは認められるものの,本件事故により本件犬が負った傷害は,前記1(2)アのとおり全身の震えや食欲不振といった症状にとどまり,原告の被った精神的苦痛は,社会通念上,損害賠償をもって慰謝されるべきものとまではいい難い。したがって,本件犬に傷害を負わされたことによる慰謝料請求は,理由がない。


 

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