ローン完済前に物損事故にあったのですが、買い主は損害賠償請求をすることができるのでしょうか?

割賦販売契約等に伴う所有権留保特約

 自動車を分割払いやローンで購入した場合,完済するまで販売会社や信販会社等(以下,「売り主」といいます)に自動車の所有権が留保される,いわゆる所有権留保特約が契約に付いていることが少なくありません。

 このように,ローン等によって自動車を購入した場合,所有権留保特約があれば買主は代金等を完済するまで車両の所有権を有しないことになりますが,完済前に物損事故にあった場合に,法的には車両の所有者でない買主が損害賠償請求をすることができるかが問題となります。

 契約に所有権留保特約が付けられていたかどうかについては,自動車検査証の所有者欄を見れば確認することができます。売り主に所有権が留保されている場合,所有者欄には買い主ではなく,販売会社や信販会社等が記載されています。

全損の場合

物理的全損の場合

 修理不能の物理的な全損の場合,車両の交換価値が滅失したことが損害となりますので,車両の交換価値を把握する所有者が損害賠償請求権を有することになります。

 したがって,車両の代金等を完済していない場合,車両の所有権は売主にありますので,売主が損害賠償請求権を取得し,買主は損害賠償請求をすることはできないと考えられます。

 では,事故後に買い主が代金を完済した場合であっても,買い主は損害賠償請求をすることができないのでしょうか。

 東京地判平成2年3月13日判例時報 1338号21頁は,所有権留保付自動車が毀滅した後に買主が売買代金を完済した事案ですが,「自動車の交換価格相当の損害賠償請求権を取得するのは、不法行為当時において右自動車の所有権を有していた売主であって、買主ではない」と判断しつつも,代金完済後については,「民法五三六条二項但し書及び三〇四条の類推適用により、売主が右自動車の所有権の変形物として取得した第三者に対する損害賠償請求権及びこれについての不法行為の日からの民法所定の遅延損害金を当然に取得する」として,買い主に損害賠償請求権を認めました。

 したがって,事故後であっても代金を完済すれば,買い主は損害賠償請求権を取得するものと考えられます。

東京地判平成2年3月13日判例時報 1338号21頁


 自動車が代金完済まで売主にその所有権を留保するとの約定で売買された場合において、その代金の完済前に、右自動車が第三者の不法行為により毀滅するに至ったとき、右の第三者に対して右自動車の交換価格相当の損害賠償請求権を取得するのは、不法行為当時において右自動車の所有権を有していた売主であって、買主ではないものと解すべきである(最高裁判所昭和四一年六月二四日第二小法廷判決・裁判集民事八三号三九頁は、この趣旨の判断を前提とするものと解される。)。しかしながら、右売買の買主は、第三者の不法行為により右自動車の所有権が滅失するに至っても売買残代金の支払債務を免れるわけではなく(民法五三四条一項)、また、売買代金を完済するときは右自動車を取得しうるとの期待権を有していたものというべきであるから、右買主は、第三者の不法行為後において売主に対して売買残代金の支払をし、代金を完済するに至ったときには、本来右期待権がその内容のとおり現実化し右自動車の所有権を取得しうる立場にあったものであるから、民法五三六条二項但し書及び三〇四条の類推適用により、売主が右自動車の所有権の変形物として取得した第三者に対する損害賠償請求権及びこれについての不法行為の日からの民法所定の遅延損害金を当然に取得するものと解するのが相当である。


経済的全損の場合

 事故車を廃車にした場合には,物理的全損の場合と同様に考えることができます。

 一方,修理して使用を継続する場合については,川原田貴弘裁判官の講演録「物損(所有者でない者からの損害賠償請求)について(民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準2017年下巻60~61頁)」において,経済的全損であっても,実際には修理がされてそのまま使用が継続される場合には,分損の修理の場合と同様に考え,以下の要件を満たす場合に,使用者は加害者に対して事故当時の車両価格に相当する額の損害賠償を求めることができるとの考えが示されており,実務上参考になると思われます。

  1. 使用者が修理義務を負うこと
  2. 使用者が修理をし,かつ,修理費相当額を負担する予定があること

修理費

 買い主が実際に修理費を支払った場合には,所有者は実質的に修理費相当額の賠償を受けたといえますので,民法422条の賠償者の代位規定の類推適用により,買い主は,所有者が加害者に対して有していた修理費相当額の損害賠償請求権を代位取得すると考えることができます(川原田貴弘裁判官「物損(所有者でない者からの損害賠償請求)について(民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準2017年下巻56頁)」)。

 一方,修理未了の場合には,所有者ではない買い主が加害者に対して車両の修理費の損害を請求できるかが問題となります。

 この点,東京地判平成26年11月25日交通事故民事裁判例集47巻6号1423頁は,所有権留保車両の損壊は,使用者(買い主)に対する不法行為に該当するとして,修理の完了を必要とせず,使用者が加害者に対し,修理費相当額の損害賠償を請求できると判断しました。その根拠としては,以下の理由が挙げられています。

  1. 留保所有権は担保権の性質を有し,所有者は車両の交換価値を把握するにとどまるから,使用者は,所有者に対する立替金債務の期限の利益を喪失しない限り,所有者による車両の占有,使用権限を排除して自ら車両を占有,使用することができるところ,車両が損壊されれば,前記の排他的占有,使用権限が害される。
  2. 使用者は所有者に対し,車両の修理・保守を行い,担保価値を維持する義務を負っている。

東京地判平成26年11月25日交通事故民事裁判例集47巻6号1423頁


 被控訴人は所有権留保車両の使用者であるところ,留保所有権は担保権の性質を有し,所有者は車両の交換価値を把握するにとどまるから,使用者は,所有者に対する立替金債務の期限の利益を喪失しない限り,所有者による車両の占有,使用権限を排除して自ら車両を占有,使用することができる。使用者はこのような固有の権利を有し,車両が損壊されれば,前記の排他的占有,使用権限が害される上,所有者に対し,車両の修理・保守を行い,担保価値を維持する義務を負っている。したがって,所有権留保車両の損壊は,使用者に対する不法行為に該当し,使用者は加害者に対し,物理的損傷を回復するために必要な修理費用相当額の損害賠償を請求することができる。その請求にあたり修理の完了を必要とすべき理由はない。


代車料

 代車料は,代車を使用する必要性があり,現実に代車を使用して代車料を負担したときに認められるものですので,買い主が使用者として請求することができると考えられます。

 東京地判平成15年3月12日交通事故民事裁判例集36巻2号313頁は,「所有権を留保している売主ではなく,車両を使用する買主ないしはその意思に基づいて使用する者が,その利用権を侵害されたことを理由として,実際に支出したか,あるいは支出を予定する代車使用料の賠償を求めることができる」と判断しています。

東京地判平成15年3月12日交通事故民事裁判例集36巻2号313頁


イ 代車使用料           2万2050円
 代車使用料は,もっぱら使用利益に対する補償であるから,所有権を留保している売主ではなく,車両を使用する買主ないしはその意思に基づいて使用する者が,その利用権を侵害されたことを理由として,実際に支出したか,あるいは支出を予定する代車使用料の賠償を求めることができると解すべきである。


評価損

 評価損は交換価値の低下であり,これを把握しているのは所有者ですので,原則的に買い主が請求することはできないと考えられます。

 前掲東京地裁平成15年判決は,評価損は,車両の交換価値の低下であり,車両の所有者に生じるものであるところ,原告(使用者)は被害車両の所有者ではないし,その後代金が完済された証拠もないとして,請求を認めませんでした。

 他方,「所有者・使用者間において,評価損の賠償を使用者に帰属させるとの明示又は黙示の合意が認められる場合には,使用者は,加害者に対して評価損の賠償を求めることができる」という指摘があり(川原田貴弘裁判官「物損(所有者でない者からの損害賠償請求)について(民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準2017年下巻62頁)」),「原告と信販会社との間では、立替金完済前であっても、取引上の評価損に係る損害賠償請求権につき、使用者である原告に帰属させ、原告において行使するとの黙示の合意がなされていると認めるのが相当である」として,使用者に評価損の損害賠償請求権を認めた裁判例(大阪地判平成27年11月19日(平27(ワ)4838号))もあります。

 なお,売買代金等を完済した場合で,留保所有権者が加害者から損害賠償の支払いをまだ受けていない場合には,前掲東京地裁平成2年判決の理由の通り,買い主は加害者に対する評価損の損害賠償請求権を民法536条2項但し書及び304条の類推適用により取得し,留保所有権者が既に加害者から損害賠償の支払いを受けている場合には,民法536条2項但し書の類推適用により,買い主は売り主(留保所有権者)に対し,加害者から受領した評価損相当額の金額の支払いを請求することができると考えられます(山崎秀尚裁判官「リース・割賦販売と損害の範囲(交通事故による損害賠償の諸問題Ⅲ20~21頁)」)。

東京地判平成15年3月12日交通事故民事裁判例集36巻2号313頁


ウ 評価損                  0円
 評価損は,車両の交換価値の低下であり,車両の所有者に生じるものであるところ,前認定のとおり,◯は,本件事故当時,被害車両の所有者ではないし,その後代金が完済されたと認めるに足りる証拠もないから,被害車両に評価損が生じているか否かを検討するまでもなく,◯が評価損を請求することはできない。


大阪地判平成27年11月19日(平27(ワ)4838号)


(原告の主張)

イ 評価損 49万8856円
 原告車は、平成24年製「メルセデス・ベンツ」の「C63 AMG」という型式の車両であり、本件事故によって少なくとも修理費用の3割相当の評価額が下落した。

(被告の主張)

 イ 評価損
 (ア) 所有権留保付自動車が損傷したことによる評価損については、車両使用者ではなく、車両の交換価値を把握している所有権留保者が取得することが原則である。そして、立替払契約も所有権留保付売買契約の場合と同様に考えられる。しかるに、原告は、未だ原告車の所有者である株式会社オリエントコーポレーションへの立替金を完済していないから、そもそも評価損を請求し得る立場にはない。
 (イ) 原告車に生じた損傷は左側面部の凹損及び擦過傷のみであり、車体の骨格部分等に影響は及んでいない。また、原告車は、残価設定型ファイナンスプランの自動車ローンで原告が購入しているところ、平成29年3月時点での残価は310万円に設定されていた。
 そうすると、原告車につき交換価値の下落が生じているとはいえない。
 (ウ) さらに、上記の残価設定型ファイナンスプランは60回払いのため、60回の分割払いが終わる平成29年3月までの間は、原告車の売却は予定されていなかったといえるから、近い将来に原告車が売却されて交換価値の下落が現実化する蓋然性もなかった。
 (エ) 以上のとおり、原告車の評価損が認められる余地はない。

第3 当裁判所の判断

  (2) 評価損 20万円
   ア 証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成24年2月20日、株式会社ヤナセ大阪支店から、原告車(メルセデス・ベンツ)を諸費用・消費税込み1258万1065円で購入したこと、購入代金のうち500万円は頭金として支払われたが、残金については、原告が株式会社オリエントコーポレーションとの間で締結した、平成29年3月までの60回分割払いによる自動車ローン契約(契約満了時に、①査定額と残価との差額を支払った上での新車への乗換え、②再度ローン契約を締結した上での引き続きの利用、③現金一括払いによる引き続きの使用のいずれかを選択して精算するという、いわゆる残価設定型ファイナンスプラン)が利用されたこと、上記自動車ローン契約では、立替金完済までの間、原告車の所有権が株式会社オリエントコーポレーションに留保され、所有者名義が同社、使用者名義が原告とされたことが認められる。
 原告は、本件事故により原告車の市場評価額が下落したとして、評価損を請求するところ、立替金完済前の段階では、交換価値を把握している留保権者に損害が生じるのに対し、使用利益を把握しているにすぎない立場の使用者には損害が生じていないとも考えられる。
 しかしながら、本件のように、留保権者が自動車の売主ではなく、立替払いを行った信販会社であるような場合には、当初から評価損に係る損害賠償請求権を自らに帰属させ、行使することについてはさほど関心を持っておらず、その点については使用者の権利行使に事実上委ねる意向を有していると一般的にはいえる。また、取引上の評価損が認められる場合、実務上は修理費の一定額として認定される傾向にあるため、高額とはならないことが多い。したがって、こうした事情を考慮すれば、原告と株式会社オリエントコーポレーションとの間では、立替金完済前であっても、取引上の評価損に係る損害賠償請求権につき、使用者である原告に帰属させ、原告において行使するとの黙示の合意がなされていると認めるのが相当である。


 

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