死亡事故の逸失利益

死亡した者の逸失利益とは?

 死亡した者の逸失利益とは,被害者が死亡したために,被害者が将来にわたって得られるはずであった利益を失ったことによる損害のことをいいます。

 逸失利益の具体的な金額は,生活費控除後の基礎収入額に,就労可能年数に対応した中間利息控除係数を乗じて,以下のように算定します。被害者毎に個別に逸失利益の額を算定したうえで,生活費控除が行われることになります。

【死亡した者の逸失利益】=
【基礎収入】×【1-生活費控除率】×【勤務可能年数に対応したライプニッツ係数】

※基礎収入額に(1-生活費控除率)が乗じられるのは,実務上,死亡した被害者本人の生活費相当分を収入から控除しなければ,受取額が多くなりすぎると考えられているからです。
 (勤務可能年数に対応したライプニッツ係数)とは,本来は分割して受け取る収入を一括で受け取るために,受け取ったお金を運用して多くの利益を受け取る可能性を考慮して,法定利息(令和2年3月31日までに発生した事故については年5%,令和2年4月1日以降に発生した事故については年3%)を複利で差引くための係数のことをいい,後遺症による逸失利益算定の場合と考え方は同じです。

死亡した者の「基礎収入」について

 死亡した者の逸失利益を考える場合,最も問題となりやすいのが「基礎収入」です。

 サラリーマン等の給与所得者の場合には所得証明が比較的容易ですが,自営業者や無職者などの場合には,基礎収入をいくらにするかについて揉めるケースが少なくありません。
 裁判実務では,以下の表のような判断枠組みが参考にされています(①日弁連交通事故相談センター「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」(通称「赤い本」),②東京地裁・名古屋地裁・大阪地裁による「交通事故による逸失利益の算定方式についての共同提言(判例タイムズ1014号)」より引用)。

 もっとも,これらは目安ですので,個別の事情によって異なる場合があることには注意が必要です。

種類 原則 例外
給与所得者 事故前の現実の収入額(①) 若年者(概ね30歳未満)の場合には,生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められる場合に全年齢平均賃金額(男女別・学歴計・全年齢平均賃金額)(①)
事業所得者 申告所得額(①) 若年者(概ね30歳未満)の場合には,生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められる場合に全年齢平均賃金額(男女別・学歴計・全年齢平均賃金額)(②)
家事従事者 専業主婦 女性労働者の全年齢平均賃金額(①) 生涯を通じて女性労働者の全年齢平均賃金に相当する労働を行い得る蓋然性が認められない場合に減額(②)
有職者 実収入額が女性労働者の全年齢平均賃金額を上回る場合に,実収入額(①) 実収入額が女性労働者の全年齢平均賃金額を下回る場合に,専業主婦と同様の処理(①)
無職者 学生等 全年齢平均賃金額(男女別・学歴計・全年齢平均賃金額)(①) 生涯を通じて全年齢平均賃金額(男女別・学歴計・全年齢平均賃金額)を得られる蓋然性が認められない場合に減額(②)
高齢者 労働能力・労働意欲があり,就労の蓋然性がある場合に年齢別平均賃金額(男女別・学歴計・年齢別平均賃金額)(①) ・死亡時に年金等の支給を受けていた場合には,年金受給につき逸失利益が認められる(国民年金や厚生年金等の老齢年金等,被害者が保険料を拠出し,家族の生活保障的な性質を持つもの)。 ・遺族年金や軍人恩給等,保険料負担がなく社会保障的な性質を有する年金については逸失利益が否定される傾向にある。
失業者 労働能力及び労働意欲があり,再就職の蓋然性がある場合,原則として,再就職によって得られるであろう収入額(①) 若年者(概ね30歳未満)の場合には,生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められる場合に全年齢平均賃金額(男女別・学歴計・全年齢平均賃金額)(②

 

生活費控除について

生活費控除率

 死亡逸失利益とは,事故で死亡しなければ本来得られたはずの将来の収入のことをいいます。

 しかし,仮に生きていれば当然に収入の何割かが家賃や食費などの生活費に使われることから,死亡事故の場合は,本来得られたはずの将来の収入から生活費分を差し引いた額を逸失利益として算定することになります。

 このとき,基礎収入の何%を生活費とみなすかという数値が生活費控除率という事になります。

 なお,生活費の使い方や金額は人それぞれですが,実際に支出を免れた生活費の金額を個別に認定することは困難であるため,実務上は,被害者を分類した上で,分類に対応する控除率を適用して生活費を控除しています。

 赤い本の基準では,以下の表のとおりに一定割合の生活費が控除されています。

一家の支柱 (被扶養者1名の場合)40%
(被扶養者2名以上の場合)30%
女性(主婦,独身者,幼児等を含む) 30%
男性(独身者,幼児等を含む) 50%

 生活費控除率は,「被害者の属性では一般的にどれくらい生活費を使うか」という観点だけではなく,それぞれの属性に応じた被害者の調整機能的な役割も踏まえて定められています。

 例えば,被扶養者がいない独身の男性よりも,被扶養者がいる男性の生活費控除率を低くしているのは,残された遺族の生活保障という観点を重視しているためです。

 女性の独身者と男性の独身者とで生活費控除率で20%もの差が設けられているのも,男女間の賃金格差の是正を考慮したものといえます。但し,男性と同様あるいはそれ以上の収入を得ている女性の場合には,男性と同様の生活費控除率を採用することもあります。

 また,女子年少者で全労働者の平均賃金(男女計)を基礎収入とする場合には,生活費控除率を40~45%とするものが多いとの指摘があります(赤い本参照)。

 大阪地裁の基準でも,年少女子で全労働者の平均賃金(男女計)を採用する場合,生活費控除率が40%あるいはそれ以下であれば,男性で生活費控除率を50%とした場合よりも逸失利益が上回ってしまうため,生活費控除率を45%程度にする必要があるとされています(大阪地裁における交通損害賠償の算定基準(第3版)46頁)。

一家の支柱とは?

 なお,ここでいう「一家の支柱」とは,被害者の世帯が,主としてその被害者の収入により生計を維持していた場合の被害者のことをいいます。

 具体例を挙げますと,死亡したのが世帯を持つ会社員の男性で,専業主婦の妻と中学生の娘と小学生の息子がいたようなケースでは,上記の赤い本の基準によれば,被害者は被扶養者3人を養う「一家の支柱」に該当し,生活費控除率は30%になります。
 他方,独身男性が近い将来に結婚して一家の支柱になる予定があった場合でも,結納が終わっていたり,結婚式の日取りも決まっているといった具体的な事情がなければ,一家の支柱として扱うことは難しいと思われます。

 例えば,東京地判平成25年1月11日交通事故民事裁判例集46巻1号22頁では,婚約中であるから生活費控除率を40%とすべきであるとの原告らの主張を排斥し,独身男性であり,扶養家族がいることを認めるに足りる証拠はないとして,生活費控除率50%が認定されています。

東京地判平成25年1月11日交通事故民事裁判例集46巻1号22頁


逸失利益(退職までの給与)を,別紙3のとおり,6989万7626円とするのが相当である(原告らは,◯は婚約しているから生活費控除を40%とすべきである旨主張するが,◯は独身男性であり,扶養家族がいることを認めるに足りる証拠はないから,生活費控除は50%とする。別紙3は,別紙1の逸失利益の額を,生活費控除を50%に換算したものである(小数点以下四捨五入。以下同じ。))。


収入が年金のみの場合

 高齢者等で収入が年金のみの場合は,比較的高い控除割合を認める例が多く,近時の裁判例では,50~60%を認定する例が多いとの指摘があります(日弁連交通事故相談センター「交通事故損害額算定基準」(通称「青本」)26訂版165頁)。裁判所が年金のみの場合に生活費控除率を通常よりも高くすることが多いのは,年金の性格からして,収入に占める年金の割合が高いと考えられることによります(大阪地裁における交通損害賠償の算定基準(第3版)46頁)

 年金以外に稼働収入があるケースでは,算定方法として以下のようなものが用いられています。

  1. 稼働収入と年金収入を区別し,稼働収入に通常の生活費控除率を適用し,年金収入は高めの生活費控除率を適用する
  2. 稼働収入と年金収入の共通の割合として,やや高めの生活費控除率を適用する
  3. 稼働収入がある期間は通常の生活費控除率を適用し,年金収入のみとなる期間は高めの控除率を適用する

 また,逸失利益として認定される老齢年金以外に,逸失利益とならない遺族年金などを受給している場合には,遺族年金で生活費を賄えるとして,老齢年金に対する生活費控除率が低く設定される場合もあります。

 例えば,大阪地判平成14年4月11日交通事故民事裁判例集35巻2号514頁では,遺族年金で生活費をまかなえるとして,老齢厚生年金及び老齢国民年金に関して生活費控除を行われていません。

大阪地判平成14年4月11日交通事故民事裁判例集35巻2号514頁


亡◯の前記各年金受給額及びこれに占める遺族厚生年金額の割合に鑑みれば、亡◯が生存していれば要したであろう生活費については、全額これを遺族厚生年金のみで賄うことが可能であったと考えられるから、老齢厚生年金及び老齢国民年金の受給額合計41万1096円に関しては生活費控除を行わないのが相当というべきである。


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