嗅覚脱失・味覚脱失で裁判所の基準を100万円上回る後遺障害慰謝料を獲得した事例

70代自営業者男性
後遺障害等級
併合11級(嗅覚脱失12級相当、味覚脱失12級相当)
傷病名
脳挫傷、外傷性くも膜下出血、側頭骨骨折
保険会社提示額
提示前
最終獲得額
744万円

事例のポイント

70代 / 自営業

嗅覚脱失・味覚脱失で裁判所の基準(大阪地裁基準)を100万円上回る後遺障害慰謝料を獲得

ご相談内容

被害者 70代自営業者男性
部位
傷病名 脳挫傷、外傷性くも膜下出血、側頭骨骨折
後遺障害等級 併合11級(嗅覚脱失12級相当、味覚脱失12級相当)
獲得金額 744万円

本件は、示談提示前にご相談を受け、弁護士委任となった案件です。

本件の争点

項目 サポート前 サポート後 増額幅
後遺障害等級   11級
入通院慰謝料 0 228.2 228.2
休業損害 123.9 136.9 13
逸失利益 0 0 0
後遺障害慰謝料 0 500 500
治療費等 93.5 93.5 0
入院雑費 0 2 2
その他 1.4 1.9 0.5
既払い金 -218.8 -218.8 0
合計 0 743.7 743.7
単位:万円

取得金額

744万円

受傷部位

後遺障害等級

併合11級(嗅覚脱失12級相当、味覚脱失12級相当)

当方:0 相手:100 

1 後遺障害等級認定について

 嗅覚・味覚障害、めまい症やしびれが残存していましたが、事故から約7年前に頸髄損傷によって手術(椎弓形成術)をしたことがあり、自賠責保険(共済)審査会高次脳機能障害専門部会が「少なくとも9級10号以上の既存障害が残存していた」と判断したことから、めまいやしびれは神経系統の障害で既存障害の等級を加重するものではない(既存障害の9級10号の等級を上回らない)として非該当となり、嗅覚脱失12級相当、味覚脱失12級相当をあわせた併合11級が認定されました。

 自賠責施行令2条2項の加重障害の規定により、同一の部位に新たな障害が加わったとしても、その結果、既存の障害が該当する等級よりも現存する障害の該当する等級が重くならなければ、自賠責保険における後遺障害として評価することはできないこととなっています。
 本件事故におけるめまいやしびれは、既存障害と同じ神経系統の障害であることから、同一の部位として扱われています。

 自賠責保険の調査事務所が取り付けた医療照会書面等を確認したところ、MRI画像の髄内輝度変化に加え、腱反射や筋力低下等の神経学的検査の異常所見があり、異議申立てや自賠責保険紛争処理機構の調停を通じて既存障害の等級評価を覆すのは困難であると考えられました。

 裁判では「自賠法施行令上の「加重障害」の要件を充足しなければ逸失利益が認められないというわけではない(大阪地判平成21年3月24日交通事故民事裁判例集42巻2号418頁)」と考えられていますので、訴訟を提起して現存障害の逸失利益等を主張して争う方法もありました。

 しかし、本件については、依頼者が早期解決を希望したため、認定結果を前提に示談交渉を進めることになりました。

2 入通院慰謝料について

 本件事故の管轄裁判所である大阪地方裁判所の慰謝料算定基準に基づいて慰謝料を請求しました。
 大阪地裁の入通院慰謝料には、通常基準と重傷基準があります。
 そして、『「重傷」とは、重度の意識障害が相当期間継続した場合、骨折又は臓器損傷の程度が重大であるか多発した場合等、社会通念上、負傷の程度が著しい場合をいう』とされています。

 本件がこの負傷の程度が著しい場合に該当するかというとかなり怪しい(本件の意識障害は1日未満です)ですが、『重傷に至らない程度の傷害についても、傷害の部位・程度によっては通常基準額を増額することがある』とされていますので、通常基準からの上乗せを狙って、あえて重傷基準の慰謝料228万円を請求しました。

 なお、通常基準で本件の入通院慰謝料を計算した場合の額は、183万円になります。

3 後遺障害慰謝料について

 大阪地方裁判所の基準によりますと、11級400万円になります。
 味覚や嗅覚の職業に対する影響がない場合には、労働能力の喪失は無く、逸失利益は認められません。

 この点、外貌醜状では逸失利益が認められない場合の慰謝料増額についての議論があります。
 河邉義典裁判官は、外貌醜状の労働能力喪失と後遺障害慰謝料の増額について次の基準を示しています(東京三弁護士会交通事故処理委員会「新しい交通賠償論の胎動-創立40周年記念公演を中心として」ぎょうせい2002 9頁など)。

(1)醜状痕の存在のために配置転換を受けたり、職業選択の幅が狭められたりするなど労働能力に直接的な影響を及ぼすおそれがある場合には一定割合の労働能力喪失を肯定して逸失利益を認める。

(2)労働能力への直接的な影響は認めがたいが、対人関係や対外的な活動に消極的になるなどの形で、間接的に労働能力に影響を及ぼすおそれがある場合には、概ね100万~200万程度の額で慰謝料増額事由として考慮する。

(3)直接的にも間接的にも労働能力に影響を与えないと考えられる場合には、慰謝料も基準どおりとして増額しない。
 

 依頼者は業務委託で配達員の仕事をしていたのですが、仮に外貌醜状の上記基準を本件に適用した場合、(3)の「直接的にも間接的にも労働能力に影響を与えないと考えられる場合」に該当し、「慰謝料も基準どおりとして増額しない」こととなると考えられます。

 そこで、味覚障害を慰謝料算定に際して斟酌した大阪地判平成9年8月28日交民30巻4号1215頁と裁判基準を大きく上回る後遺障害慰謝料を認定した東京地判平成11年5月25日交通事故民事裁判例集32巻3号804頁を引用しながら、後遺障害慰謝料の増額を主張いたしました。

 東京地裁平成11年判決は、「嗅覚を全脱失することにより受ける生活上の種々の不利益・影響、本件において逸失利益が認められないこと等を考慮し」て、嗅覚脱失の事案において12級の基準額290万円を大きく上回る後遺障害慰謝料600万円を認めています。

 東京地裁平成11年判決が、逸失利益が認められないことを慰謝料増額事由としてあげていることから、後遺障害慰謝料の増額分は計算上の逸失利益の額を上回るものではないと考えられますが、依頼者には嗅覚脱失だけでなく味覚脱失もあることから、計算上の逸失利益の額が上限になるにせよ、相当額の慰謝料増額が認められてしかるべきだと主張しました。

 そして、本件の計算上の逸失利益が118万円になることに鑑み、100万円を後遺障害慰謝料の増額分として請求いたしました。

所感(担当弁護士より)

 東京地裁平成11年判決は31歳大学生の事案ですが、310万円もの後遺障害慰謝料の増額が認められている一方で、後遺障害逸失利益約1300万円が否定されています(原告は相当盛って請求していますが、事案の内容から普通に計算するとこの金額になると思います)。
 東京地裁平成11年判決では、計算上の逸失利益の額の約23%が慰謝料増額分として認められた計算になります。

 嗅覚脱失で後遺障害慰謝料の増額が大幅に認められた裁判例は、東京地裁平成11年判決くらいしか見当たらず、完全にダメもとの主張でしたが、大阪地裁基準を100万円(逸失利益の約85%の額)も上回る500万円の後遺障害慰謝料を獲得することができました。
 後遺障害慰謝料の増額に加え、重傷基準による入通院慰謝料の獲得もあわせると、仮に訴訟で争っても、示談金額より減額になる可能性もあった事案だったと考えられます。

 本件では、等級認定申請から認定結果がでるまで約10ヶ月もかかり(既存障害の影響についての審査に時間がかかったものと思われます)、既存障害の存在によって当初想定していた後遺障害等級が認定されなかったという問題も生じましたが、交渉で重傷基準に基づく入通院慰謝料や、訴訟でもなかなか認められない後遺障害慰謝料の増額が認められたことは望ましい結果だったと思います。

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