死亡事故の慰謝料

死亡慰謝料

 交通事故の被害者が亡くなった場合,被害者自身の精神的損害についての慰謝料のほか,近親者固有の慰謝料が損害として認められています。

被害者自身の慰謝料請求権

 交通事故の被害者が亡くなった場合の慰謝料については,理論上,亡くなった被害者に死亡による精神的苦痛についての慰謝料が発生し,遺族がそれを相続すると考えられています。

 過去には,慰謝料が一身専属権であり,被害者による請求の意思の表明があったときにはじめて相続の対象となると考えられていた時代もありましたが,慰藉料請求権は被害者が生前に請求の意思を表明しなくても相続の対象となる旨の判例(最大判昭和42年11月1日民集21巻9号2249頁)が出てからは,即死事案を含め,遺族が被害者の慰謝料請求権を相続することに争いはなくなりました。

 死亡慰謝料についても,傷害慰謝料や後遺障害慰謝料の場合と同様に,自賠責保険,任意保険会社,裁判所ごとに支払基準が異なっています。

 自賠責保険の基準が一番低く,任意保険会社は自賠責保険金に少しだけ上乗せした基準を定めているケースが多く見られます。

 そして,裁判所の基準については,「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準(通称「赤い本」)」に掲載されている額が全国的に目安として参照されています。

 赤い本記載の金額は死亡慰謝料の総額で,被害者自身の慰謝料のほか,近親者固有の慰謝料の額も含みます。

 なお,「一家の支柱」とは,被害者の世帯が,主として被害者の収入によって生計を維持している場合をいい,「その他」とは,独身の男女,子供,幼児等をいいます。

 大阪地方裁判所や名古屋地方裁判所では別途異なる基準が設けられていますが,大阪地裁では「母親,配偶者」の区分を設けず,一家の支柱以外は「その他」の区分の中で判断している点に赤い本との相違があります。

自賠責基準

 自賠責保険では,死亡本人の慰謝料と遺族の慰謝料で各々慰謝料の額が定められています。

 そして,遺族の慰謝料の請求権者は,被害者の父母(養父母を含む),配偶者及び子(養子,認知した子及び胎児を含む)とし,請求権者の数に応じて慰謝料額が定められています。

 また,被害者に被扶養者がいるときには,200万円が加算されます。

 具体例を挙げますと,事故で死亡した被害者の父母(2人),子(1人)が請求権者となる場合,認められる慰謝料の額は,以下の通りとなります。

平成22年4月1日以降令和2年3月31日までに発生した事故に適用する基準

(計算例)350万円(被害者本人分)+750万円(遺族の慰謝料(3人分))+200万円(被扶養者加算)=1,300万円

請求者 慰謝料の額
被害者本人分 350万円
請求権者1人 550万円
請求権者2人 650万円
請求権者3人 750万円
被扶養者がいるとき +200万円
令和2年4月1日以降に発生した事故に適用する基準
請求者 慰謝料の額
被害者本人分 400万円
請求権者1人 550万円
請求権者2人 650万円
請求権者3人 750万円
被扶養者がいるとき +200万円

裁判所基準(赤い本)

家庭における地位 慰謝料の額
一家の支柱 2,800万円
母親,配偶者 2,500万円
その他 2,000万円~2,500万円

大阪地裁基準(平成14年1月1日以降の事故)

家庭における地位 慰謝料の額
一家の支柱 2,800万円
その他 2,000万円~2,500万円

近親者固有の慰謝料請求権

 交通事故で被害者が死亡した場合,被害者本人に死亡慰謝料請求権が発生し,死亡によってその請求権は相続の対象となります。
 こうした本人の慰謝料に加え,民法711条では,父母・配偶者・子に関しては,大切な人を亡くしたことに対する固有の慰謝料請求権が認められると規定されています。

 近親者の慰謝料請求権が認められる範囲は,相続人と必ずしも一致するわけではありません。

 例えば,交通事故で亡くなった被害者の遺族として,父母,配偶者,子がいた場合,相続人は配偶者と子だけなので被害者本人の損害(死亡慰謝料)を請求できるのは配偶者と子だけという事になります。

 しかし,近親者の慰謝料については,配偶者と子に加え,父母も民法711条に基づき,固有の慰謝料を請求することができます。

 その他の関係者については,判例(最三小判昭和49年12月17日民集28巻10号2040頁)は,文言上民法711条に該当しない者であつても,「被害者との間に同条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係」があり,被害者の死亡により「甚大な精神的苦痛を受けた」者は,民法711条の類推適用によりって加害者に対し直接に固有の慰藉料を請求しうると判断して,被害者の実妹に近親者固有の慰謝料を認めました。

 したがって,父母,配偶者,子に類似する者(兄弟姉妹,祖父母,内縁の妻等)についても,被害者との関係が特に深い場合には,近親者固有の慰謝料請求が認められる可能性があります。

最三小判昭和49年12月17日民集28巻10号2040頁


 不法行為による生命侵害があつた場合、被害者の父母、配偶者及び子が加害者に対し直接に固有の慰藉料を請求しうることは、民法七一一条が明文をもつて認めるところであるが、右規定はこれを限定的に解すべきものでなく、文言上同条に該当しない者であつても、被害者との間に同条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係が存し、被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた者は、同条の類推適用により、加害者に対し直接に固有の慰藉料を請求しうるものと解するのが、相当である。本件において、原審が適法に確定したところによれば、被上告人◯は、△の夫である被上告人□の実妹であり、原審の口頭弁論終結当時四六年に達していたが、幼児期に罹患した脊髄等カリエスの後遺症により跛行顕著な身体障害等級二号の身体障害者であるため、長年にわたり△と同居し、同女の庇護のもとに生活を維持し、将来もその継続が期待されていたところ、同女の突然の死亡により甚大な精神的苦痛を受けたというのであるから、被上告人◯は、民法七一一条の類推適用により、上告人に対し慰藉料を請求しうるものと解するのが、相当である。


兄弟姉妹,祖父母

 兄弟姉妹や祖父母についても,近親者固有の慰謝料が認められた事例が多くあります。

 もっとも,慰謝料請求に際しては,被害者と生活を共にしていたとか,被害者に対して経済的に支援をしてきた等,被害者との間で特別に緊密な関係があることを具体的に主張立証する必要があり,こうした事情がなければ,慰謝料請求権が否定される場合もあります。

 裁判例では,①同居の有無,同居期間・別居後の期間といった同居に関する事情や,扶養状況といった生活状況,②請求者本人及び被害者の年齢,③事案の重大性・悪質性が総合考慮されているとの指摘があります(磯尾俊明裁判官の講演録「被害者死亡の場合における近親者固有の慰謝料(赤い本平成29年版下巻8頁)」)

内縁の夫・妻

 内縁の夫・妻については,夫婦の実質を伴うものですので,通常は近親者固有の慰謝料が認められています。

 裁判例での内縁関係の認定については,①同居していること及びその期間のほか,②同一家計であること,③親族や勤務先等対外的社会的に夫婦としてあつかわれていたかといった事情が総合考慮されているとの指摘があります(前掲講演録7頁)

 なお,法律上の配偶者が併存する重婚的内縁関係については,通常の内縁関係と同様に法的保護を与えるべきかについて疑問が残るところですが,磯尾俊明裁判官の講演録で分析された裁判例では,被害者の側に法律上の配偶者がいた事案(4件)でも,内縁配偶者の側に法律上の配偶者がいた事案(4件)でも,いずれも内縁配偶者の近親者固有の慰謝料が認められていますので,考慮要素にはなっていないように思われます(前掲講演録7頁注2)

婚約者

 原則的には,婚約者については近親者固有の慰謝料は認められません。

 磯尾裁判官の講演録では,同居を開始し,内縁と評価しうるような場合は別として,基本的には,「民法711条所定の者と実質的にどうしうべき身分関係」があるとは認められないと指摘されています。

 事故9ヶ月前から同居を開始し,落ち着いたら婚姻する予定だった事案において,近親者固有の慰謝料100万円が認定された事例(大阪地判平成27年4月10日自保ジャーナル1952号102頁)もありますが,内縁配偶者との境界事例で,婚約者一般について近親者固有の慰謝料を認めたものではないと考えられます。

大阪地判平成27年4月10日自保ジャーナル1952号102頁


ウ(ア) 原告◯の慰謝料について,上記(1)ウの事実に,原告◯本人の供述を総合すると,原告◯は,本件事故により婚姻予定で既にともに生活していた△を失うことにより,多大な精神的苦痛を被ったと認められ,その慰謝料は100万円とするのが相当である。


近親者慰謝料の賠償額の仕組み

 上記のように,近親者の慰謝料が認められるとすると,請求できる人が多いほど賠償額が増えるように思えますが,必ずしもそういうわけではありません。

 交通事故の裁判における実務上では,死亡慰謝料は被害者の年齢や就労状況,家族構成などの属性等に応じて一定の基準額が決められており,この金額は,死亡した被害者本人の慰謝料と近親者固有の慰謝料の総額として定められています。

 したがって,近親者慰謝料を請求できる人が増えたとしても,あらかじめ決まっている基準額の範囲内で各人の配分が変わるだけで総額が増えるというわけではありません。

 ただし,近親者慰謝料の請求をすることによって,裁判において近親者に尋問するなどの手段で裁判所に伝えることができ,結果として慰謝料の総額を算定する際に,そうした事情も考慮されるとも考えられます。

まとめ

 近親者固有の慰謝料請求権が認められるのは,民法711条所定の父母,配偶者,子のほか,内縁配偶者について認められる傾向にあり,兄弟や祖父母等で近親者の慰謝料請求権が認められるのは,被害者との関係が特に深い場合に限られています。
 もっとも,過去の裁判例では,被害者が生後まもなく引き取った子(実際は姪)で,法的な養子縁組はしていなかったものの,事実上は養女として育て,事故当時に同居していた子について,近親者固有の慰謝料を認めた事例(大阪地判平成14年3月15日交通事故民事裁判例集35巻2号366頁)等もあり,個別の事情によって裁判所の判断は様々です。

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